働きがいへの期待ギャップ解消事例:多世代のモチベーション向上施策
働きがいに対する期待の多様化と組織への影響
近年、働く人々のキャリア観や仕事に対する価値観は大きく変化しています。特に世代によって、「働きがい」に求める要素が異なる傾向が見られます。安定した雇用や報酬を重視する層、自己成長やスキルアップに価値を見出す層、社会貢献や会社の理念への共感を求める層など、多岐にわたります。
このような多様な「働きがい」への期待が組織内で共有されない場合、エンゲージメントの低下、パフォーマンスのばらつき、さらには離職といった問題につながる可能性があります。人事企画部門としては、世代間の価値観の違いを理解し、組織全体のモチベーションとエンゲージメントを高めるための施策を講じることが喫緊の課題となっています。
本記事では、この働きがいに対する世代間ギャップを解消し、組織全体の活性化に成功した企業の事例をご紹介します。
事例:A社における働きがいギャップとその背景
首都圏を中心にサービス業を展開するA社では、近年、中途採用や新卒採用により組織の平均年齢が下がり、多世代が混在する状況となりました。企業文化として「顧客への貢献」を重視する風土が根付いている一方、社員の「働きがい」に対する意識には世代間で明確な違いが見られるようになりました。
具体的には、ベテラン層は長年培ってきた専門性や組織への貢献、安定した人間関係に働きがいを見出す傾向が強い一方、若手層は自身のキャリアの成長スピード、新しいスキル習得の機会、そして会社が社会に対してどのような価値を提供しているのか、といった点に強く関心を持つ傾向が見られました。
このギャップは、特にキャリア開発の機会や評価制度、日々のコミュニケーションにおいて顕在化しました。例えば、画一的なキャリアパスや、定量評価偏重の評価制度に対する若手社員の納得感が得られにくい状況が見受けられました。また、上司と部下の間でのキャリアに関する対話不足から、若手社員が自身の成長実感を持てず、将来への不安を感じるケースも散見されるようになりました。エンゲージメントサーベイの結果からも、特に30代以下の社員の間で「自身の成長機会」や「会社の方向性への共感」に関するスコアが低いという課題が明らかになりました。
多様な「働きがい」に応えるための施策と取り組み
A社の人事部門は、この状況を改善すべく、多世代の「働きがい」に寄り添うための複数の施策を複合的に実施しました。
-
多角的なキャリアパス制度の導入: 従来の管理職を目指す一本道のキャリアパスに加え、特定の専門性を深める「専門職コース」や、プロジェクトを推進する能力を高める「プロジェクトリーダーコース」などを新設しました。社員は自身の強みや将来の目標に合わせて、複数のキャリアパスから選択できるようになりました。これにより、自身の志向に合った分野で成長し、貢献できる機会が増え、特に成長意欲の高い若手・中堅層からの評価が高まりました。
-
パーパス・バリューの再定義と浸透: 創業以来受け継がれる理念を基盤としつつ、社員が主体的に参加するワークショップを複数回開催し、現代における会社の存在意義(パーパス)と、社員が大切にすべき行動指針(バリュー)を再定義しました。再定義されたパーパス・バリューは、社内報やイントラネット、各種会議で繰り返し共有され、組織全体での共通理解を深める取り組みが行われました。これにより、世代を超えて「何のために働くのか」「どのような組織を目指すのか」という点での共感が醸成されました。
-
1on1ミーティングの質の向上: 上司と部下間の定期的な1on1ミーティングを全社的に推奨しました。特に、部下の業務進捗だけでなく、中長期的なキャリア展望や、現在の仕事で感じている「働きがい」や「困難」について深く対話するよう促しました。管理職向けには、部下の内面的な声を引き出すための傾聴スキルや、成長をサポートするためのコーチングスキルに関する研修を実施し、対話の質の向上を図りました。
-
社内表彰制度のリニューアル: 従来の業績評価に連動した表彰制度に加え、新しい挑戦への貢献、チームワークへの貢献、組織文化の醸成への貢献など、多角的な視点からの表彰枠を設けました。これにより、必ずしも高い業績だけではない、多様な形での組織への貢献を認め、称賛する文化を育みました。異なる価値観を持つ社員がそれぞれの強みを発揮し、それが正当に評価される機会を創出しました。
施策導入後の効果と組織の変化
これらの施策を継続的に実施した結果、A社では以下のようなポジティブな変化が見られました。
- エンゲージメントスコアの向上: 特に若手・中堅層において、「自身の成長機会への満足度」や「会社のパーパス・バリューへの共感度」に関するエンゲージメントサーベイのスコアが有意に向上しました。
- 離職率の低下: 特に若手社員の早期離職率が、施策導入前に比べて明確に低下傾向を示しました。
- 社員間の対話活性化: 1on1ミーティングの定着により、上司と部下間のコミュニケーションが円滑になり、キャリアや働きがいに関するオープンな対話が増加しました。また、ワークショップなどを通じて世代を超えた社員同士の相互理解が進みました。
- 自律的なキャリア形成意識の向上: 多様なキャリアパスの選択肢が増えたことで、社員が自身のキャリアについて主体的に考え、計画する意識が高まりました。
事例から得られる学びと示唆
A社の事例から、働きがいに関する世代間ギャップを解消し、組織を活性化させるためには、いくつかの重要な学びが得られます。
第一に、「働きがい」が多様な概念であることを組織全体が認識することの重要性です。一つの尺度や価値観で全社員のモチベーションを測ることは困難であり、それぞれの社員が何に価値を見出し、何を「働きがい」と感じるのかを理解しようとする姿勢が不可欠です。
第二に、制度面の改革とソフト面のアプローチの組み合わせが効果的である点です。多様なキャリアパスや表彰制度といった仕組みを整えることに加え、1on1のような対話を通じて個々の社員の価値観や期待を引き出し、それに応えようとする人的なアプローチが、施策の実効性を高めます。
第三に、組織の根幹に関わるパーパスやバリューを、多世代を巻き込みながら再定義・浸透させる取り組みが、多様な社員の共感を呼び、組織への一体感を醸成する上で強力な基盤となることです。
最後に、管理職の役割の重要性です。部下一人ひとりの「働きがい」に寄り添い、成長をサポートするためには、管理職が傾聴やコーチングといった対話スキルを習得し、実践することが不可欠となります。
まとめ
働きがいに対する世代間ギャップは、多くの組織が直面する課題です。しかし、A社の事例が示すように、社員の多様な価値観を理解し、制度と対話の両面からアプローチすることで、このギャップは解消可能です。むしろ、多様な「働きがい」への期待が存在することを組織の力に変え、それぞれの社員が自身の強みを活かし、組織に貢献できる機会を提供することが、持続的な組織成長とエンゲージメント向上の鍵となります。
人事企画部門としては、自社の社員がどのような点に「働きがい」を感じているのか、世代や属性によってどのような違いがあるのかを、サーベイやヒアリングを通じて丁寧に把握することから始めることが推奨されます。その上で、本事例を参考に、自社に合った施策の検討と実行を進めていくことが期待されます。