ワークライフバランスへの価値観ギャップ解消事例:多世代が納得する働き方支援策
ワークライフバランスへの価値観ギャップ解消事例:多世代が納得する働き方支援策
組織における世代構成の多様化は、様々な価値観の共存を生み出しています。特に「仕事とプライベートのバランス」に対する考え方は、世代によって傾向が異なることが多く、これが組織運営上の課題となる場合があります。一昔前の「仕事が第一」「長時間働くことが美徳」といった価値観から、「仕事もプライベートも充実させたい」「効率を重視し、決められた時間内で成果を出す」といった価値観まで、様々な考え方が混在しています。
このような世代間のワークライフバランスに対する価値観のギャップは、従業員同士の相互不信、チーム内の協力体制の崩壊、ひいてはエンゲージメントの低下や離職に繋がる可能性があります。本記事では、この課題に積極的に取り組み、多世代が納得できる働き方支援策を講じた企業の事例を紹介し、そこから得られる学びを考察します。
事例:サービス業B社におけるワークライフバランス観のギャップと取り組み
サービス業のB社では、30代後半から40代以上のベテラン層と、20代から30代前半の若手・中堅層の間で、ワークライフバランスに対する意識のギャップが顕在化していました。ベテラン層には、業務時間外の付き合いや休日出勤への抵抗が少なく、「仕事のためなら多少無理をするのは当然」という意識が根強く見られました。一方、若手・中堅層は、ライフイベント(結婚、育児、介護など)や自己啓発、趣味など、プライベートの時間を重視する傾向が強く、残業や休日出勤に対しては「必要最小限にしたい」「プライベートとの線引きをしたい」という意識が優勢でした。
このギャップは、チーム内での業務分担や、急な依頼への対応、休暇取得の調整などで摩擦を生み、特に若手・中堅層からは「上の世代は自分たちの働き方を理解してくれない」「有給を取りにくい雰囲気がある」といった不満の声が上がっていました。ベテラン層からは「最近の若い者は働く意欲が低い」「昔はもっと頑張ったものだ」といった意見も聞かれ、相互理解が進まない状況でした。人事部門には、これらの声が離職相談やエンゲージメントサーベイの低いスコアとして届いていました。
具体的な施策と取り組み
B社人事部では、この世代間ギャップを解消し、多様な価値観を尊重できる組織文化を醸成するために、以下の施策を複合的に実施しました。
- 「多様な働き方・価値観理解ワークショップ」の実施: 全従業員を対象に、世代別の働き方や価値観に関する簡易的なデータ(社内外調査)を共有し、お互いの考え方を理解するためのワークショップを実施しました。特に管理職向けには、部下のワークライフバランスに対する考え方を傾聴し、多様なニーズに対応するためのコミュニケーション手法に焦点を当てた研修を行いました。
- 柔軟な勤務制度の拡充と促進: 既存のフレックスタイム制度のコアタイムをさらに短縮し、時間単位での有給休暇取得制度を導入しました。これらの制度について、単に存在するだけでなく、積極的に利用を推奨するメッセージを経営層から発信しました。また、部署ごとに制度利用状況を可視化し、利用が進んでいない部署には人事部から働きかけを行いました。
- 「定時退社推奨デー」の導入と業務効率化支援: 週に一度の「定時退社推奨デー」を設け、その日は会議の抑制や緊急対応以外の残業を原則禁止としました。また、定時内に業務を終えるための工夫として、RPAツール導入支援や、オンラインでの情報共有ツールの活用研修などを実施し、業務効率化を側面からサポートしました。
- 個別面談によるニーズ把握と対話: 全従業員を対象に、上長との定期的な1on1ミーティングにおいて、キャリアプランだけでなく、ワークライフバランスに関する個々の希望や課題についても話し合う機会を設けました。これにより、個々の状況に合わせた働き方の相談や調整が可能となりました。
結果とそこから得られた学び
これらの施策を継続的に実施した結果、B社では以下のような変化が見られました。
- 有給休暇取得率の向上: 特に若手・中堅層を中心に、休暇を取得しやすい雰囲気が醸成され、有給休暇取得率が約15%向上しました。
- 残業時間の削減: 全社的に平均残業時間が月間約10時間削減されました。特に、定時退社推奨デーの定着が進みました。
- 従業員エンゲージメントスコアの改善: 従業員サーベイにおいて、「会社は従業員のワークライフバランスを尊重している」という項目のスコアが大きく改善しました。
- 世代間の相互理解の促進: ワークショップや1on1を通じて、お互いの働き方や価値観に対する理解が進み、「昔はこうだった」といった否定的な意見や、働き方に対する不満の表明が減少しました。
- 管理職の意識変容: 管理職が部下の多様なニーズに耳を傾けるようになり、一方的な指示ではなく、対話を通じて最適な働き方を共に考えるスタイルが浸透し始めました。
一方で、課題も残りました。例えば、顧客対応など、業務の性質上、柔軟な勤務制度の利用が難しい部署も一部存在し、完全な公平性を実現するには至っていません。また、業務効率化ツール導入の効果には部署間でばらつきが見られました。
この事例から得られる学びは、以下の通りです。
- 多様な価値観の存在を認め、可視化することの重要性: 世代間での価値観の違いがあることを組織全体で認識し、オープンに話し合う機会を設けることが第一歩となります。
- 制度と文化の両面からのアプローチ: 柔軟な勤務制度を導入するだけでなく、それを利用しやすい雰囲気、つまり組織文化を醸成することが不可欠です。経営層や管理職からの積極的な推奨が、文化定着の鍵となります。
- 対話と個別のニーズ把握: 画一的な施策ではなく、1on1などを通じて従業員一人ひとりのワークライフバランスに対する考え方や希望を丁寧に聞き取り、可能な範囲で個別に対応することが、納得感を高めます。
- 継続的な取り組みと効果測定: ワークライフバランスに関する意識やニーズは変化し続けるため、一度きりの施策で終わらせず、定期的なアンケートやサーベイ、対話を通じて状況を把握し、施策を継続的に見直していく姿勢が必要です。
まとめ
世代間のワークライフバランスに関する価値観のギャップは、多くの組織で直面する課題です。しかし、このギャップは組織の弱点となるだけでなく、多様な働き方や価値観を尊重する組織文化を育むことで、従業員エンゲージメントや生産性の向上に繋がる可能性を秘めています。
事例で見たように、多様な価値観の存在を認め、対話の機会を設け、柔軟な制度を整備・促進し、管理職の意識変容を促すといった複合的なアプローチが有効となります。自社の現状を把握し、従業員の声を丁寧に聞きながら、多世代が共に心地よく、最大のパフォーマンスを発揮できるような働き方支援策を、人事部門が中心となって企画・推進していくことが期待されます。これらの取り組みは、単に特定の世代の要望に応えるだけでなく、組織全体の持続的な成長と、すべての従業員のウェルビーイングに貢献するものとなるでしょう。