業務効率化・生産性向上への意識ギャップ解消事例:多世代で合意形成する業務習慣見直しのアプローチ
業務効率と生産性向上への意識ギャップ:組織が直面する課題
近年、働き方改革やデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進により、多くの企業で業務の効率化と生産性向上が喫緊の課題となっています。しかし、これらの取り組みを進める上で、世代間における業務習慣や効率性に対する意識の違いが顕在化し、組織内の摩擦や非効率の原因となるケースが見られます。例えば、「昔ながらの丁寧な手順」を重視する層と、「ツールを最大限活用し迅速に進める」ことを優先する層との間で、業務の進め方や品質基準、情報共有の方法などにギャップが生じることがあります。
こうした意識のギャップは、単なる個人の好みの違いにとどまらず、チーム内の連携不全、プロジェクトの遅延、さらには従業員のエンゲージメント低下にもつながりかねません。特に人事企画部門の担当者にとっては、組織全体の生産性向上を目指す上で、この世代間ギャップにどのように向き合い、解消していくかが重要な課題となります。
本稿では、業務効率化・生産性向上における世代間意識ギャップに焦点を当て、ある企業が多世代間の対話と合意形成を通じて業務習慣を見直し、生産性向上を実現した事例をご紹介します。
事例:老舗メーカーにおける業務習慣のギャップとその影響
ある老舗メーカーでは、長年にわたり培われてきた丁寧な手作業や対面での情報共有を重んじる文化がありました。しかし、近年入社した若手層からは、デジタルツールを活用した効率的な情報共有や、よりスピーディーな意思決定を求める声が上がっていました。
この意識ギャップは、以下のような具体的な課題として現れていました。
- 情報共有の非効率: 重要な情報が特定の担当者間での対面や内線電話でのやり取りに留まり、部署内外での情報共有が遅れる、あるいは漏れることが常態化していました。若手はチャットツールや共有ドライブの活用を提案するものの、既存のやり方に慣れた層からは「それでは大切なニュアンスが伝わらない」「セキュリティが不安だ」といった抵抗がありました。
- 会議の長期化: 会議資料の事前共有が徹底されず、その場で情報を確認したり、詳細な説明に時間をかけたりすることが多く、会議時間が長期化する傾向にありました。また、特定の立場からの発言に偏り、多角的な視点での議論が進みにくい状況も見られました。
- 業務手順の非効率: 過去からの慣習で「念のため」といった理由で行われている手順や、複数のシステムや帳票を介する煩雑なプロセスが温存されていました。若手からは合理化の提案が出ても、「これまでこれで問題なかった」「伝統的なやり方だ」といった理由で改善が進まないことがありました。
これらの課題は、業務の停滞を招き、特に部署を跨いだプロジェクトや新しい取り組みにおいて、世代間の軋轢を生む原因となっていました。企業全体として生産性向上を目指す中で、この業務習慣と意識のギャップを解消することが急務となりました。
多世代での対話と合意形成による業務習慣の見直しアプローチ
この企業では、世代間の意識ギャップを単なる「慣れ」や「価値観の違い」として片付けるのではなく、生産性向上という共通目標達成のための重要なステップと捉え、以下のような多角的なアプローチを実施しました。
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「理想の働き方・業務効率」ワークショップの開催: 各部署から様々な世代の従業員を募り、ワークショップ形式で「どんな時に業務が非効率だと感じるか」「理想的な情報共有の方法は」「会議はどのように進めるべきか」といったテーマで意見交換を行いました。単に不満を出す場ではなく、「なぜそう感じるのか」「その方法で得られるメリット・デメリットは何か」を深掘りし、世代ごとの業務に対する価値観や優先順位の違いを相互に理解する機会としました。
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業務プロセスの可視化と課題の共有: ワークショップでの意見も踏まえ、日常的な業務プロセス(例:情報共有、会議準備・進行、報告書の作成・承認など)を部署ごとに可視化しました。フローチャートなどを用いて手順を明確にし、そこに潜むボトルネックや非効率な部分、そして世代間で認識が異なる部分を具体的に洗い出しました。この際、「誰かのやり方が間違っている」という非難の形ではなく、「このプロセス全体でより効率的になるためにはどうすれば良いか」という建設的な視点を保つよう促しました。
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「より良い業務習慣」に向けた共通ルールの試案作成と合意形成: 可視化された課題とワークショップでの意見を基に、各プロセスにおける「より効率的で、かつ必要な品質やコミュニケーションを損なわない」新しい業務習慣のルールの試案を、担当部署の代表者とワークショップ参加者を中心に作成しました。例えば、「議事録は必ず共有ドライブに保存し、会議終了後〇時間以内に公開する」「メールの件名には【共有】【承認依頼】など目的を明記する」「簡単な確認はチャットツールを活用する」といった具体的なルールです。これらの試案に対し、全従業員からの意見収集や説明会を実施し、多世代が「これならやってみよう」と思える形での合意形成を目指しました。最初から完璧なルールを目指すのではなく、「まずはこの形で試してみる」という柔軟な姿勢を示しました。
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試験導入と効果測定、継続的な見直し: 合意形成された新しい業務習慣ルールを一部の部署で試験的に導入し、一定期間運用しました。その中でどのような変化があったか(例:会議時間の短縮、情報検索時間の削減、ミスの減少など)を定量・定性両面から測定しました。また、運用上の課題や新たな意見を収集し、ルールの見直しや改善を継続的に行いました。
事例から得られた結果と学び
この企業の取り組みにより、以下のような変化と効果が見られました。
- 業務効率の向上: 会議時間や情報検索時間が削減されるなど、具体的な業務プロセスの効率化が進みました。特に情報共有のスピードが向上し、意思決定が迅速化されるケースが見られました。
- 世代間の相互理解促進と摩擦軽減: 業務に対する価値観ややり方の違いをオープンに話し合い、お互いの考えを理解する機会を持つことで、無用な摩擦が減少しました。「なぜ新しいツールが必要なのか」「なぜこの確認作業が必要なのか」といった背景を理解することで、一方的な不満ではなく、協力してより良い方法を模索する姿勢が生まれました。
- 共通目標への意識向上: 生産性向上という共通の目標に向け、異なる世代が協力して業務習慣を見直すプロセスを経験することで、組織全体としてのエンゲージメントが向上しました。自分たちの意見が反映される場があるという実感も、主体的な行動を促しました。
この事例から得られる重要な学びは、業務効率化・生産性向上は単にツールやシステムを導入するだけではなく、従業員一人ひとりの「業務習慣」やそれに対する「意識」が大きく影響するということです。そして、そこに存在する世代間ギャップを解消するためには、一方的な指示やルールの押し付けではなく、多世代が参加し、お互いの立場や価値観を理解し、共に解決策を考え、合意形成していくプロセスが不可欠であるということです。
特に人事企画部門としては、このような対話と合意形成の場を企画・運営すること、世代間の意識ギャップに関する正しい理解を組織内に広めること、そして変化を恐れずに新しいやり方を試み、継続的に改善していくための組織文化を醸成することが求められます。
まとめ
業務効率化・生産性向上は、現代の企業にとって避けて通れない課題です。このプロセスにおいて、世代間で見られる業務習慣や効率性に対する意識のギャップは、組織の壁となる可能性があります。本稿でご紹介した事例は、このギャップを乗り越えるために、多世代が参加する対話の場を設け、業務プロセスを可視化し、共通の目標に向けて共に新しい業務習慣のルールを作り上げ、合意形成を図るというアプローチが有効であることを示しています。
人事企画部門は、こうした世代間ギャップに起因する課題を早期に捉え、組織全体の視点から、対話促進、合意形成支援、そして変化への適応を促すための施策を積極的に企画・実行していくことが重要です。多様な世代の強みを活かし、組織全体の生産性とエンゲージメントを高めるための一歩として、本事例が皆様の参考となれば幸いです。