教育研修への期待ギャップ解消事例:多世代の学び方を尊重する施策
教育研修における世代間ギャップの背景と課題
組織における人材育成は、持続的な成長に不可欠な要素です。しかし、多様な世代が共に働く現代においては、教育研修に対する期待や効果的な学習スタイルに世代間でギャップが見られることがあります。例えば、集合型の座学研修を好む層がいる一方で、オンラインでのマイクロラーニングや実践を通じたOJTを重視する層も存在します。こうしたギャップが、研修への参加意欲の低下や学習効果の偏り、ひいては組織全体のスキルアップの遅れにつながる可能性があります。
人事部門にとって、全従業員が等しく成長機会を得られ、組織全体の知識・スキルレベルが向上するような、多世代に対応した教育研修体系の構築は重要な課題となっています。単一的なアプローチでは、特定の世代には効果的でも、他の世代にとっては非効率的あるいは魅力に欠けるものとなりかねません。
本記事では、このような教育研修における世代間ギャップを解消し、多世代がそれぞれの特性を活かして学び、成長を促進したある企業の取り組み事例をご紹介します。
事例企業における教育研修の課題
この事例は、サービス業A社におけるものです。A社では、長年、新入社員研修や階層別研修を中心に、集合形式での座学研修が中心的な教育スタイルでした。しかし、近年、特に若手社員から「研修内容が一方的で実践に結びつきにくい」「多忙な業務時間中に長時間の集合研修に参加するのが難しい」といった声が聞かれるようになりました。
一方、中堅・ベテラン社員の中には、集合研修での講師や他の参加者との対話を通じて深く学びたいというニーズや、体系的な知識習得のためには座学が有効だと考える層も多く存在しました。また、新しいテクノロジーを活用したオンライン学習ツールが導入されても、「操作方法が分からない」「集中できない」「周囲との連帯感が薄い」といった意見があり、利用率や学習効果にばらつきが見られました。
このように、A社では、従来の教育研修体系が多世代の多様な学習ニーズやスタイルに対応できておらず、研修効果の最大化や全社的なリスキリング・アップスキリングの推進に課題を抱えていました。
世代間ギャップ解消に向けた具体的な施策
A社の人事部は、この課題に対し、以下の多角的なアプローチを取り入れました。
- 学習ニーズとスタイルの多様性調査: まず、全従業員を対象に、どのような内容・形式の研修に関心があるか、普段どのような方法で学んでいるか(書籍、eラーニング、OJT、外部セミナーなど)、どのような学習環境が理想か、といった点を詳細にヒアリング・アンケート調査しました。これにより、世代ごとの傾向だけでなく、個人レベルでの多様なニーズを把握しました。
- 研修プログラムのモジュール化と選択制導入: 従来の固定的な研修カリキュラムを見直し、必須項目を除き、内容を細分化したモジュール形式に変更しました。従業員は自身の業務内容やキャリアプラン、興味関心に応じて、必要なモジュールを選択して受講できるようにしました。これにより、「自分に関係ない」「知っている内容だ」といった不満を減らし、主体的な学習を促しました。
- 多様な学習形式のハイブリッド提供: 座学形式の研修を完全に廃止するのではなく、eラーニング、ウェビナー、オンラインワークショップ、OJT、個別コーチング、読書推奨、社内ナレッジ共有会など、多様な学習形式を組み合わせて提供しました。従業員は、内容の性質や自身の状況に応じて、最適な形式を選べるようにしました。特に、オンライン学習コンテンツは、短時間で特定のスキルや知識を習得できるマイクロラーニング形式のものを拡充しました。
- 世代間交流を促進する学びの場の設計: 一方的な情報伝達だけでなく、異世代間の交流を通じて互いの経験や知識を共有できる場を意図的に設計しました。例えば、特定のテーマについて議論する「クロスジェネレーションワークショップ」や、ベテラン社員が若手社員に経験を伝える「ストーリーテリングセッション」、若手社員が新しいツールや知識をベテランに教える「リバースメンター制度」などを導入しました。これにより、形式的な学習だけでなく、非公式な知識移転や相互理解を促進しました。
- 学習成果の可視化とフィードバック: 従業員一人ひとりの学習履歴や修了したモジュールをシステムで管理し、学習成果を可視化しました。また、研修後に学びをどのように業務に活かしているかについて、上司との1on1ミーティングなどで定期的にフィードバックを行う機会を設定しました。これにより、学習の定着と実践への結びつきを強化しました。
施策の結果と効果
これらの施策の結果、A社では以下のような効果が見られました。
- 研修参加率・完遂率の向上: 選択肢が増え、自身のニーズに合った形式を選べるようになったことで、研修プログラム全体の参加率および途中で離脱せず最後まで学習を修了する完遂率が、特にオンライン学習コンテンツにおいて顕著に向上しました。
- 学習効果の多様化と実践への応用促進: 座学で体系的に学びたい層は対面式や体系的なオンラインコースを、短時間でピンポイントに学びたい層はマイクロラーニングを活用するなど、多様な学習スタイルが組織内で定着しました。また、ワークショップやOJT、フィードバックの強化により、学んだ知識・スキルを実際の業務で活用する事例が増加しました。
- 世代間の相互理解とエンゲージメント向上: 異世代交流を目的とした学びの場を通じて、互いの経験や価値観に対する理解が深まりました。「若手の新しい視点に刺激を受けた」「ベテランの経験談が業務のヒントになった」といった声が多く聞かれ、世代間の心理的な壁が低くなり、組織全体のエンゲージメント向上にも寄与しました。
- 人事部門の企画力向上: 従業員の学習ニーズを定期的に調査し、多様な形式の研修プログラムを企画・運用する経験を通じて、人事部門はデータに基づいた戦略的な人材育成施策を立案・実行する能力を高めることができました。
事例から得られる学びと示唆
A社の事例から、教育研修における世代間ギャップ解消のために、以下の点が重要な学びとして挙げられます。
- ニーズの正確な把握: 表面的な意見だけでなく、従業員が「なぜ」その学習スタイルを好むのか、どのような「成果」を研修に期待するのかといった根本的なニーズを深く理解することが出発点です。世代ごとの傾向は参考にしつつも、個人の多様性を踏まえた詳細な調査が不可欠です。
- 「選択肢」と「柔軟性」の提供: 特定の形式や内容を押し付けるのではなく、複数の学習形式(オンライン、オフライン、集合、個別、座学、実践など)や内容の選択肢を用意し、従業員が自身の状況に合わせて柔軟に学べる環境を整備することが、主体的な学習を促し、学習効果を高める鍵となります。
- 一方通行ではない「交流」の設計: 知識やスキルを伝達するだけでなく、異世代の従業員が互いに教え合い、学び合う機会を意図的に設けることが重要です。これにより、形式的な学習効果に加え、世代間の相互理解や心理的安全性の向上といった副次的な効果も期待できます。
- 学習成果の「可視化」と「フォローアップ」: 学びっぱなしにせず、学習の進捗や成果を個人・組織の両方で把握し、業務への応用を促すためのフィードバックやサポート体制を整えることが、研修効果の定着と最大化には不可欠です。
まとめ
組織内の教育研修において世代間ギャップは多くの企業で見られる課題ですが、A社の事例のように、従業員の多様なニーズを丁寧に把握し、学習形式や内容に柔軟性と選択肢を持たせた多角的なアプローチを採用することで、ギャップを解消し、より効果的な人材育成を実現することが可能です。
重要なのは、すべての世代に「同じ」機会を提供するのではなく、それぞれの世代や個人の「異なる」ニーズと学習スタイルを理解し、それらに「応じた」多様な学びの場を提供することです。そして、学びを通じて世代間の交流と相互理解を深める機会を設けることが、組織全体のエンゲージメントと成長に繋がるでしょう。
貴社における教育研修施策を検討される際には、本事例でご紹介したアプローチを参考に、多世代の従業員にとって真に価値のある学びの機会を設計されてみてはいかがでしょうか。