タレントマネジメントへの世代間期待ギャップ解消:多様な成長機会提供と対話のアプローチ
タレントマネジメントにおける世代間期待ギャップ解消への取り組み事例
組織におけるタレントマネジメントは、企業競争力の維持・強化において不可欠な取り組みです。しかし、多様な世代が共存する現代の組織においては、「タレント」の定義や「成長機会」に対する期待値が世代間で大きく異なる場合があります。このギャップが、社員のエンゲージメント低下や離職、組織全体の活性化阻害につながるケースも少なくありません。
本記事では、タレントマネジメントにおいて生じる世代間ギャップに焦点を当て、ある中堅メーカーが実施した具体的な施策とその効果、そこから得られる学びについてご紹介します。
事例の背景と課題:タレント定義と成長期待のずれ
今回取り上げる中堅メーカーでは、以前から人事評価や育成計画の策定において、世代間で社員の反応に温度差があることに課題を感じていました。若手社員からは「自身の専門性を伸ばす機会が少ない」「キャリアパスが見えにくい」といった声が多く聞かれ、早期離職の一因ともなっていました。一方、ミドル・シニア層からは、「これまでの経験が十分に評価されていない」「新しい役割への挑戦機会が少ない」といった不満が散見されました。
人事部門による詳細な調査の結果、タレントの定義や成長に対する期待値に、顕著な世代間ギャップが存在することが明らかになりました。若手層は、専門性の追求、早期のキャリアアップ、プロジェクト単位での多様な経験を重視する傾向にありました。これに対し、ミドル・シニア層は、組織への貢献度、ジェネラリストとしての経験蓄積、安定した役割継続を重視する傾向が強く見られました。
従来のタレントマネジメント施策は、一定の年功や役職に基づく一律的なものが多く、多様化する社員のニーズに対応しきれていない状況でした。この世代間の期待値のずれが、社員一人ひとりのポテンシャルを十分に引き出せない原因となっていたのです。
具体的な施策:多様なアプローチによるギャップ解消
この課題に対し、当該メーカーは以下の複数のアプローチを組み合わせた施策を実施しました。
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多角的なキャリアパスオプションの提示と明確化:
- 従来の管理職コースに加え、特定の専門分野を深める「専門職コース」や、プロジェクトリーダーとして多様な経験を積む「プロジェクト型キャリア」など、複数のキャリアパスオプションを明確に定義しました。
- それぞれのキャリアパスに必要なスキル、経験、評価基準を具体的に示し、社員が自身の志向に合わせて選択・目標設定できるよう情報を提供しました。
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パーソナルな育成計画の策定支援と1on1の強化:
- 社員一人ひとりのキャリア志向、強み、課題を丁寧にヒアリングするための面談ガイドラインを作成し、マネージャーへの研修を実施しました。
- マネージャーと社員が共に、合意に基づいた個別育成計画を策定するプロセスを導入しました。計画には、研修受講だけでなく、プロジェクト参加、社外活動、メンタリングなど、多様な成長機会を盛り込めるようにしました。
- 定期的な1on1ミーティングを推奨し、目標達成度だけでなく、キャリアに関する考えや、必要なサポートについて継続的に対話する文化を醸成しました。
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社内公募制度の活性化と透明性の向上:
- 部署異動や新規事業・プロジェクトへの参加を促進するため、社内公募制度を積極的に活用しました。
- 公募案件の要件、求める人物像、選考プロセス、スケジュールなどを社内ポータルで明確に公開し、透明性を高めました。社員が自身のキャリアプランに基づき、主体的に挑戦できる機会を増やしました。
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世代間の相互理解を促進するワークショップ:
- 各世代の社員が少人数のグループになり、自身のキャリア観、仕事に対する価値観、タレントや成長に対する考え方などを共有するワークショップを実施しました。
- 世代間の固定観念を払拭し、互いの違いを理解し尊重する機会を提供しました。タレントや成長に関する認識のずれについてもオープンに議論し、共通理解を深めることを目指しました。
結果と効果:エンゲージメントと組織活性化への寄与
これらの施策の結果、当該メーカーでは以下のような効果が見られました。
- 若手社員の早期離職率が改善傾向を示し、「成長機会が提供されている」というエンゲージメントサーベイ項目でのスコアが上昇しました。
- ミドル・シニア層からの新しい技術やスキルのリスキリング研修への参加率が増加し、自身の経験と新しい知識を組み合わせることで活躍の場を広げる社員が増えました。
- 社内公募制度への応募者数が増加し、部署横断的な人材の流動が活性化しました。これにより、組織全体の知識やスキルの共有が進みました。
- マネージャーと部下の間の1on1の質が向上し、キャリアに関する率直な対話が増えることで、個人のキャリアプランと組織のニーズとのすり合わせが円滑に進むようになりました。
これらの効果は、一律的なアプローチではなく、多様な世代の異なる期待値に対応したタレントマネジメント施策が、社員一人ひとりのエンゲージメント向上と組織全体の活性化に繋がることを示しています。
事例から得られる学び:人事企画部が考慮すべき点
この事例から、タレントマネジメントにおける世代間ギャップ解消に関して、人事企画部が考慮すべきいくつかの重要な学びが得られます。
まず、「タレント」や「成長機会」に対する認識は世代によって異なるという前提に立ち、その違いを正確に把握するための社員の声の傾聴やデータ収集が不可欠です。アンケート、インタビュー、エンゲージメントサーベイなどを活用し、現状のギャップを定量・定性両面から把握することが施策立案の出発点となります。
次に、多様なニーズに対応できる柔軟な制度設計が重要です。一律的なキャリアパスや育成プログラムだけでなく、個人の志向や強みに合わせたカスタマイズや選択肢の提供が、各世代の納得感とモチベーションを高めます。専門職コース、プロジェクト型キャリア、柔軟な研修メニューなど、多様な働き方や成長観を許容する仕組みを検討することが有効です。
また、対話の機会を意図的に増やすことが、ギャップ解消の鍵となります。特に、マネージャーと部下間の1on1は、個別の期待値を把握し、すり合わせを行うための最も重要な場です。マネージャーが世代間の価値観の違いを理解し、傾聴スキルやフィードバック方法を習得できるよう、研修やサポートを強化する必要があるでしょう。
さらに、制度や機会の「見える化」を進めることも重要です。どのようなキャリアパスがあり、どのような成長機会が利用できるのかを明確に示し、情報へのアクセスを容易にすることで、社員は自身のキャリアを主体的に考え、選択しやすくなります。社内ポータルや説明会などを効果的に活用することが考えられます。
最後に、これらの施策は一度行えば終わりではなく、継続的な見直しと改善が必要です。社会環境や世代構成の変化に応じて、社員の期待値も変化していきます。定期的に社員の声を聞き、施策の効果を測定しながら、タレントマネジメントのアプローチをアップデートしていく姿勢が求められます。
まとめ
本記事では、タレントマネジメントにおける世代間期待ギャップを解消するための事例を紹介しました。タレントや成長機会に対する期待値のずれは、組織のポテンシャルを阻害する要因となり得ますが、社員の声に耳を傾け、多様なニーズに対応できる柔軟な制度を設計し、対話の機会を増やすことで、このギャップを乗り越えることが可能です。
人事企画部門としては、世代間の多様な価値観を理解し、個々の社員が自身の強みや志向を活かしながら成長できる環境を整備することが、今後のタレントマネジメントにおいてますます重要になるでしょう。この事例が、貴社のタレントマネジメント施策や組織開発のご参考になれば幸いです。