リスクテイク意識の世代間ギャップ解消事例:心理的安全性を醸成し挑戦を促す組織的アプローチ
組織の成長を阻む、リスクテイク意識の世代間ギャップ
現代のビジネス環境は変化が激しく、企業が持続的に成長するためには、新しいアイデアに挑戦し、リスクを恐れずに実行する姿勢が不可欠です。しかし、組織内で世代間によってリスクテイクや失敗への許容度に対する意識が異なる場合、これが挑戦を阻む壁となることがあります。
経験豊富な世代は過去の成功や失敗に基づき慎重な判断を重視する傾向がある一方で、若い世代は新しい技術や手法に対する抵抗が少なく、積極的に試行錯誤を好む傾向が見られるなど、一概には言えませんが、世代間での意識差が存在することは少なくありません。このようなギャップが、チーム内の提案の質や量に影響を与えたり、新しいプロジェクトの立ち上げを遅らせたりする要因となり得ます。
本稿では、こうしたリスクテイク意識の世代間ギャップを組織的なアプローチで解消し、心理的安全性を高め、挑戦を促す文化を醸成した企業の事例をご紹介し、そこから得られる学びについて考察します。
事例:A社におけるリスクテイク意識ギャップの背景と課題
ある製造業のA社では、市場の変化に対応するため、新しい技術を取り入れた製品開発や、既存事業の枠を超えた新規事業への挑戦が喫緊の課題となっていました。しかし、社内には「前例がないことへの挑戦は失敗リスクが高い」「失敗すると評価に響く」といった空気が蔓延しており、特にベテラン社員層からは保守的な意見が出やすく、若手社員からの革新的な提案が受け入れられにくい状況が見られました。
このような状況の背景には、過去の成功体験に基づいた強固な成功パターンへの固執、年功序列的な評価制度による「失敗しないこと」が重視される風土、そして世代間でのコミュニケーション不足による相互理解の欠如がありました。結果として、新しいアイデアの芽が摘まれたり、部署間での連携が進まず、迅速な意思決定が妨げられるなどの課題が生じていました。人事部門は、このリスクテイク意識のギャップが組織全体の活性化と成長を阻害していると認識し、課題解決に向けた施策の検討を開始しました。
ギャップ解消に向けた具体的な施策
A社がこの世代間ギャップ解消と挑戦文化醸成のために実施した施策は、多岐にわたりますが、特に以下の3つの柱に注力しました。
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心理的安全性を高めるための対話促進:
- 全従業員を対象とした「心理的安全性」に関するワークショップを実施し、自由に発言し、質問し、失敗を認め合える環境の重要性について共通認識を醸成しました。
- 部署や世代を超えたクロスファンクショナルチームでのプロジェクトを奨励し、多様な視点や価値観に触れる機会を意図的に増やしました。プロジェクト開始時には、お互いの強みや懸念を共有するセッションを設け、心理的な距離を縮める工夫を行いました。
- 役員やマネージャー層が自身の「失敗談」をオープンに語る座談会や社内ブログ企画を実施。「失敗は成功の母」という言葉を行動で示し、失敗を過度に恐れる必要はないというメッセージを発信しました。
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「挑戦」と「学び」を評価する人事制度への見直し:
- 成果だけでなく、新しい技術の習得や未経験分野への挑戦といったプロセスも評価対象に含めるよう、評価制度の一部を見直しました。
- 失敗した場合でも、そこから何を学び、次にどう活かすかを明確にできる社員に対しては、減点ではなくむしろ加点の対象とする仕組みを導入しました。
- 四半期に一度、「ベストチャレンジ賞」のような形で、成果の大小に関わらず、最も挑戦的な取り組みを行った個人やチームを表彰する制度を新設し、挑戦そのものを称賛する文化を醸成しました。
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知識・経験の相互共有プラットフォームの整備:
- 過去のプロジェクトにおける成功事例だけでなく、失敗事例やそこから得られた教訓を共有するための社内wikiやナレッジデータベースを整備しました。これにより、個人の経験知を組織全体の財産とし、同じ失敗を繰り返さないための学びの基盤を築きました。
- ベテラン社員の経験と若手社員の新しい視点を組み合わせたメンター制度や、非公式なスキル共有会などを推進し、世代間の自然な交流と知識の相互移転を促しました。
施策導入後の変化と効果
これらの施策導入から1年後、A社では以下のような変化が見られました。
- 社内アンケートにおいて、「会議中に自由に意見を言いやすくなった」「新しいアイデアを提案することへの抵抗感が減った」といった心理的安全性の向上を示す回答が増加しました。
- 新規事業提案制度への応募件数が前年比で約30%増加し、特に若手社員からの革新的な提案が増えました。
- 失敗事例共有会を通じて、他部署の失敗から学びを得て自部署の計画を修正するといった、失敗を次に活かすサイクルが機能し始めました。
- クロスファンクショナルチームでのプロジェクトにおいて、世代間の協力がスムーズになり、予想外のシナジーが生まれる事例が複数報告されました。
これらの変化は、従業員が失敗を過度に恐れることなく、主体的に新しいことに挑戦できる組織文化への変革が進んでいることを示唆しています。
事例から得られる学びと実践への示唆
A社の事例から、リスクテイク意識の世代間ギャップを解消し、挑戦的な組織文化を醸成するためには、以下の点が重要であることが学びとして得られます。
- 心理的安全性の基盤構築: 何よりもまず、従業員が安心して自分の意見を述べ、質問し、たとえ失敗しても非難されないという心理的な安全性が不可欠です。対話の促進や、経営層・マネージャー層が率先して「失敗を恐れない」姿勢を示すことが効果的です。
- 「挑戦」と「学び」の正当な評価: 挑戦そのものや、失敗から得られた学びを人事評価や表彰制度に適切に反映させることで、従業員のモチベーションを高め、組織全体の行動様式を変える推進力となります。結果だけでなくプロセスや学びを重視する視点が重要です。
- 知識と経験の有機的な共有: 成功・失敗に関わらず、組織内の知識や経験を可視化し、誰もがアクセスできるようにすることで、過去の失敗から学び、よりリスクを抑えた形で新しい挑戦を企画・実行することが可能になります。世代間の相互理解促進にも繋がります。
これらの要素は単独で機能するのではなく、互いに補強し合う関係にあります。人事企画部門としては、単発の研修や制度変更に終わるのではなく、組織文化全体の変革を見据えた多角的なアプローチを継続的に実行していくことが求められます。
まとめ
リスクテイク意識の世代間ギャップは、組織のイノベーションや変化への適応力を低下させる潜在的なリスクとなり得ます。A社の事例は、心理的安全性の醸成、評価制度の見直し、知識共有の促進といった包括的な施策を通じて、このギャップを解消し、挑戦を奨励するポジティブな組織文化を築くことが可能であることを示しています。
貴社においても、従業員のリスクテイクに対する意識や、失敗への捉え方について、世代間での違いが存在しないか、組織文化が挑戦を後押ししているか、あるいは阻害していないか、改めて点検してみる価値はあるでしょう。本事例が、貴社の組織活性化や新しい挑戦を促すための施策立案の一助となれば幸いです。