責任と権限委譲に対する世代間意識ギャップ解消事例:対話と共通理解を深めるアプローチ
組織における責任と権限委譲の重要性
組織の成果を最大化し、社員一人ひとりの成長を促す上で、適切な責任範囲の設定と権限委譲は極めて重要です。しかしながら、これらの概念に対する意識や期待は、世代によって異なる場合が見受けられます。この世代間の意識ギャップが、組織内のコミュニケーション不全、パフォーマンス低下、さらには離職といった問題を引き起こす要因となることがあります。人事企画部門としては、このギャップを正確に把握し、解消に向けた施策を講じることが求められています。
本稿では、責任範囲と権限委譲に関する世代間意識ギャップに焦点を当て、ある企業における具体的な解消への取り組みとその成果をご紹介します。
事例:製造業A社における責任範囲・権限委譲ギャップの課題
従業員数約1,000名の製造業A社では、近年、特に若手社員から「仕事の全体像が見えず、自分の担当範囲が不明確」「もっと裁量を持って仕事を進めたいが、細かな指示が多い」といった声が聞かれるようになりました。一方で、ベテラン社員からは「若手社員は自分で調べたり考えたりする前にすぐに質問する」「任せても途中で報告がなく、状況が見えない」といった意見が出ていました。
このような状況は、以下のような具体的な問題として顕在化していました。
- プロジェクトの進捗遅延: 責任範囲が不明確なため、タスクの引き継ぎや意思決定に時間がかかる。
- 若手社員のモチベーション低下: 裁量権が少ないと感じたり、貢献を実感しにくかったりすることで、仕事への意欲が低下する。
- ベテラン社員の疲弊: 任せた仕事のフォローに手間がかかり、本来の業務に集中できない。
- 相互不信の発生: 世代間でお互いの働き方や考え方に対する不満が募る。
人事企画部はこの状況を憂慮し、世代間の意識ギャップが根本にあると分析。このギャップを解消し、組織全体のエンゲージメントとパフォーマンスを向上させるための施策検討に着手しました。
施策:対話促進と共通理解醸成へのアプローチ
A社の人事企画部が中心となり、この世代間ギャップを解消するために講じた主な施策は以下の通りです。
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「責任と権限」に関する意識調査とワークショップの実施: 全社員を対象に、「仕事における理想の責任範囲」「権限委譲される際に重視すること」「上司・部下に期待すること」などに関する意識調査を実施しました。結果を世代別に分析し、明らかになった意識の違い(例: 若手は「結果責任よりもプロセスへの関与」を重視、ベテランは「全てを任せるが結果は責任を持つ」という意識が強い等)を参加者にフィードバック。その後、異世代混合チームによるワークショップを開催し、互いの価値観や期待を直接話し合う機会を設けました。
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役割・責任・期待値の明確化ルールの策定と研修: 特にプロジェクトや新たな業務アサイン時において、「誰が最終的な責任を持つのか」「どこまでの権限があるのか」「具体的にどのような結果やプロセスが期待されているのか」を、関係者間で必ず言語化し、合意形成を行うルールを定めました。このルールに基づいたコミュニケーションの具体的な方法(例: キックオフミーティングでの確認項目リストの活用、進捗報告の頻度と形式の取り決め等)に関する研修を実施しました。管理職向けには、部下の成長段階に応じた適切な権限委譲の方法や、期待値のすり合わせスキルの向上に焦点を当てた研修も行いました。
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1on1ミーティングにおける「任せる・任される」テーマの推奨: 定期的な1on1ミーティングにおいて、上司と部下が「現在任されている業務の責任範囲についてどう感じているか」「もっと挑戦したい、あるいは不安を感じる業務範囲は何か」「権限委譲に関する期待や懸念は何か」といったテーマについて率直に話し合うことを推奨しました。これにより、個別の意識ギャップを早期に発見し、調整する機会を増やしました。
結果と得られた効果
これらの施策を導入した結果、A社では以下ののような効果が見られました。
- コミュニケーションの質の向上: 互いの仕事に対する考え方や価値観の背景を理解しようとする姿勢が生まれ、不満が募る前に建設的な対話が行われるようになりました。
- 業務遂行の効率化: 役割と責任範囲が明確になったことで、迷いや手戻りが減少し、プロジェクトの進捗遅延が改善されました。
- 若手社員の主体性向上: 裁量権の範囲が明確になり、期待されていることが理解できたことで、より積極的に業務に取り組む社員が増加しました。
- ベテラン社員のマネジメントスタイル変革: 部下への一方的な指示ではなく、期待値を共有し、必要なサポートを提供するといった「任せるマネジメント」への意識が高まりました。
- 組織エンゲージメントの改善: 全体として、自身の業務への納得感や組織への貢献意識が高まり、社員エンゲージメントが向上しました。
事例から得られる学びと示唆
A社の事例から、責任範囲や権限委譲に関する世代間意識ギャップの解消には、以下の点が重要であることが示唆されます。
- 意識の可視化と共有: 世代による仕事観や期待の違いが存在することを認識し、調査や対話を通じて「見える化」することが第一歩です。
- 具体的なルールの策定と共通理解: 曖昧なままにせず、「誰が、どこまで、どのように」責任を持つのか、権限委譲の範囲やプロセスを具体的に定義し、関係者間で共通理解を醸成する仕組みが必要です。
- 対話の機会設定とスキルトレーニング: 定期的な1on1や異世代間のワークショップなど、互いの期待や懸念を率直に話し合える場を意図的に設けること、そしてその対話を円滑に進めるためのコミュニケーションスキルのトレーニングが効果的です。
- 管理職の役割変革: 管理職が、これまでの経験に基づく「任せ方」をアップデートし、世代の特性や個々の能力・意欲に合わせたきめ細やかな権限委譲と、期待値のすり合わせを行うことが、成功の鍵となります。
まとめ
責任範囲や権限委譲に対する世代間の意識ギャップは、多くの組織で見られる課題です。このギャップを放置すると、組織の活力を削ぎ、パフォーマンス低下を招く可能性があります。
A社の事例は、この課題に対して、意識調査に基づく実態把握、具体的なルールの策定と研修による共通理解の醸成、そして対話の機会を増やすという多角的なアプローチで対処し、成果を上げた好例と言えます。
自社における世代間ギャップを解消し、組織全体の主体性とエンゲージメントを高めるために、責任範囲や権限委譲に関する社員の意識を改めて確認し、対話に基づいた共通理解を深めるための施策を検討してみてはいかがでしょうか。