世代間昇進意識ギャップを乗り越える:公平性と納得感を両立する評価・昇格制度改革事例
昇進・昇格への期待と意識の世代間ギャップに組織はどう向き合うか
組織において、社員のモチベーションやエンゲージメントに大きく影響する要素の一つに、昇進や昇格の機会、そしてそれに対する評価プロセスがあります。しかし、この「昇進・昇格」に対する期待や意識は、世代間で異なる傾向が見られ、時に組織内の摩擦や不満の原因となることがあります。
例えば、ある世代は長期的な勤続や組織への貢献を重視し、年功的な要素も考慮された昇進を自然なものと捉えるかもしれません。一方で、別の世代は、個人の早期の成果やスキルアップをより重視し、若手であっても成果に応じたスピーディな昇格を期待する傾向があるかもしれません。こうした世代間の意識ギャップが顕在化すると、「なぜあの人が昇進するのか分からない」「自分の貢献が正当に評価されていない」といった不満に繋がり、組織全体の活力を削ぐ可能性があります。
このような世代間の昇進意識ギャップに対し、組織はどのように向き合い、公平性と納得感を両立させる評価・昇格制度を構築できるのでしょうか。ここでは、ある企業がこの課題に対し取り組んだ事例をご紹介します。
事例:多世代の期待に応える評価・昇格制度への挑戦
背景と課題
ある程度歴史のあるA社では、これまでの評価・昇格制度が長期勤続や組織内での経験年数を比較的重視する傾向にありました。これは過去の組織文化や人材育成の考え方に根ざしたものでしたが、近年入社する若手社員からは「評価基準が分かりにくい」「どれだけ成果を出せば昇進できるのか不明確」「キャリアパスが見えづらい」といった声が増え始めました。
一方で、中堅以上の社員の中には、これまでの評価体系に慣れ親しんでおり、急激な制度変更や、成果主義の過度な導入に対する懸念や抵抗感を持つ層も存在しました。結果として、若手層の早期離職の増加、中堅層のモチベーション低下といった問題が顕在化し、組織全体のエンゲージメントが停滞する状況に陥っていました。人事部には、多世代が納得できる、より公平で透明性の高い評価・昇格制度への見直しが求められていました。
具体的な施策と取り組み
A社の人事部は、この世代間の昇進意識ギャップを解消し、組織全体の活性化を図るため、以下の施策を段階的に実施しました。
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多世代間対話の機会創出:
- まず、人事部主導で、異なる世代や階層の社員を集めたワークショップを実施しました。「あなたにとって『働く』とは何か」「キャリアにおいて何を重視するか」「理想の評価・昇格制度とは」といったテーマで、互いの価値観や期待を率直に共有する場を設けました。
- これにより、世代間の価値観の違いだけでなく、共通の願望(例: 公正な評価、成長機会への期待)も明らかになり、制度見直しの必要性に対する組織全体の理解を深める土台となりました。
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評価・昇格制度の見直しと多様化:
- ワークショップでの意見や、国内外の先進事例を参考に、評価制度の項目を見直しました。従来の「年功・経験」といった要素に加え、「個人の具体的な成果」「目標達成への貢献度」「新しいスキル・知識の習得」「チームへのポジティブな影響」といった要素を明確に定義し、評価基準に組み込みました。
- 昇格パスも多様化しました。従来の管理職コースに加え、特定の専門分野を究める「エキスパートコース」や、期間限定で難易度の高いプロジェクトをリードする「プロジェクトリーダー認定制度」などを新設。管理職になることだけが唯一の成功キャリアではないことを制度的に示しました。
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評価プロセスの透明化とフィードバック強化:
- 評価基準を全社員に公開し、等級ごとの期待される役割やスキルを明確に示しました。
- 期初には、上司と部下で目標設定について丁寧なすり合わせを行い、中間・期末評価では、評価の根拠や期待することを具体的に伝えるフィードバック面談を義務化しました。特に、若手社員に対しては、キャリアプランに関する対話の機会を増やすよう促しました。
- 評価者である管理職向けに、目標設定、公正な評価、効果的なフィードバックのスキルに関する研修を繰り返し実施しました。
結果と効果
これらの施策の結果、A社では以下のような変化が見られました。
- 評価制度への納得感向上: 多世代が参加して制度設計のプロセスを共有したこと、評価基準が明確になったこと、フィードバックが丁寧になったことなどにより、社員全体の評価制度に対する納得感が向上しました。
- 若手社員のエンゲージメント向上と離職率低下: 早期の成果やスキルアップが評価される仕組みができたこと、多様なキャリアパスが提示されたこと、上司との対話機会が増えたことなどから、若手社員のモチベーションと会社への定着意識が高まり、早期離職率が改善しました。
- 中堅・ベテラン社員の新たな挑戦: エキスパートコースやプロジェクトリーダー制度といった新たな選択肢ができたことで、管理職以外の形での貢献や、自身の専門性を深めることに関心を持つ社員が増えました。
- 組織全体のコミュニケーション促進: ワークショップや評価面談を通じた対話の機会が増え、世代間の相互理解が深まり、組織内のコミュニケーションが円滑になりました。
もちろん、全ての世代が完全に満足する制度は存在しません。しかし、A社の取り組みは、世代間の意識ギャップを無視せず、正面から向き合い、対話を通じて共通理解を深め、制度に反映させていくことの重要性を示しています。
事例から得られる学びと示唆
この事例から、人事企画部マネージャー層が自社の課題解決や施策立案に際して得られる学びは複数あります。
- 世代間ギャップは「対話」から始まる: 異なる世代の価値観や期待を理解しないまま制度だけを変えても、反発や不満を生むだけです。まずは、世代を超えた対話の場を設け、互いの考えを共有し、共通理解の土台を築くことが不可欠です。
- 評価・昇格制度は組織のメッセージ: どのような基準で社員を評価し、どのようなキャリアパスを用意しているかは、組織が社員に何を期待し、どのような成長を支援するのかという強いメッセージとなります。このメッセージが、多様な世代の期待と乖離していないか、定期的に見直す必要があります。
- 「公平性」と「納得感」を追求する: 制度の「公平性」(基準の明確さ、運用の一貫性)は重要ですが、それ以上に社員が「納得できる」プロセスであることも重要です。基準の公開、丁寧な説明、双方向のフィードバックは、この納得感を醸成するために欠かせません。
- キャリアパスの多様化は必須: 管理職になることだけを唯一の成功と見なす制度は、多くの社員にとって魅力を失いつつあります。専門職、プロジェクトリーダー、特定の分野でのメンターなど、様々な形での貢献や成長を評価し、それを制度として位置づけることが、多様な人材のエンゲージメント向上に繋がります。
- 管理職の評価・フィードバック能力が鍵: どんなに優れた制度設計を行っても、それを運用する管理職のスキルが不足していては効果は半減します。公正な評価、具体的なフィードバック、部下のキャリアに対する丁寧な対話ができるよう、管理職への継続的な育成投資が必要です。
まとめ
昇進・昇格に関する世代間の意識ギャップは、多くの組織が直面しうる課題です。しかし、これを放置せず、多世代間の対話を通じて相互理解を深め、評価・昇格制度やキャリアパスを見直し、その運用を透明化し、管理職のスキル向上を図ることで、解消に向けた糸口を見出すことが可能です。
本事例が示すように、重要なのは、一方的な制度変更ではなく、組織内の多様な声を丁寧に聞き取り、共通の目標(組織の活性化、社員の成長・貢献)に向けて共に歩む姿勢を示すことです。これにより、世代間の意識ギャップを乗り越え、多世代の社員がそれぞれの強みを活かし、組織に貢献できる環境を整備することができるでしょう。この事例が、貴社の世代間ギャップ解消に向けた取り組みの一助となれば幸いです。