ギャップ解消事例集

プロジェクト推進における意思決定ギャップ解消：対話とデータ活用によるアプローチ事例

プロジェクト推進における意思決定ギャップの課題

組織におけるプロジェクト推進は、多様な知見と経験を結集して目標達成を目指す重要な活動です。しかし、異なる世代のメンバーが参画する現代のプロジェクトにおいては、意思決定のプロセスや根拠に対する期待値の違いから、しばしばギャップが生じることがあります。例えば、経験に基づく直感を重視するベテラン層と、データや論理的な分析を重視する若手層との間で、最適なアプローチやスピード感に対する認識のずれが発生し、プロジェクトの遅延やチーム内の軋轢に繋がるケースが見られます。

このような世代間の意思決定ギャップは、単なる個人の性格の違いではなく、育ってきた社会環境や情報への接触方法の違いに根ざす構造的な課題であると捉える必要があります。人事企画部門としては、この課題に対して組織全体で取り組むための施策を検討し、プロジェクトの成功確率を高めるとともに、チームのエンゲージメントを向上させる視点が求められます。

本記事では、プロジェクト推進における世代間意思決定ギャップを乗り越え、円滑な合意形成とプロジェクト成功を実現した企業の具体的な取り組み事例をご紹介し、そこから得られる学びや示唆を考察します。

事例紹介：意思決定遅延からの脱却

あるサービス業の企業では、新規事業立ち上げプロジェクトにおいて、世代間の意思決定ギャップが顕在化していました。プロジェクトチームは、経験豊富な50代のリーダーと、データ分析に長けた30代のメンバー、そしてスピード感を重視する20代のメンバーを中心に構成されていました。

初期段階において、市場投入時期やサービス内容に関する重要な意思決定を行う際、リーダーは過去の成功体験や業界動向への深い洞察に基づいた提案を重視しました。一方、30代メンバーは詳細な市場調査データやA/Bテストの結果に基づく客観的な根拠を強く求め、20代メンバーは競合他社の素早い動きを理由に即断即決を主張しました。

それぞれの主張には一理ありましたが、拠り所とする情報源や意思決定の基準が異なったため、議論は平行線をたどり、重要な意思決定が何度も先送りされる事態が発生しました。結果として、プロジェクトは計画よりも遅延し、チーム内には不信感や不満が蓄積されていきました。

講じられた施策：対話とデータ活用の融合

この状況を打開するため、人事部門とプロジェクトリーダーは連携し、以下の施策を講じました。

1. 「意思決定スタイル」の理解促進ワークショップ:

   • まず、世代や個人のバックグラウンドによって、どのような情報（経験、データ、他者意見など）を重視し、どのようなプロセス（時間をかける、即断即決、関係者への相談など）で意思決定を行う傾向があるかについて、心理学的なアプローチや簡易的な自己診断ツールを活用したワークショップを実施しました。
   • これにより、チームメンバーは自身の意思決定スタイルと他者のスタイルの違いを認識し、「違いがあること」自体を認め合う土壌を醸成しました。

2. 「共通の情報源」としてのデータ基盤強化と共有ルールの策定:

   • 意思決定の客観性を高めるため、プロジェクトに関連する市場データ、顧客データ、競合データなどを一元的に管理・共有するデータ基盤を強化しました。
   • 重要な意思決定に際しては、「必ずこのデータ基盤を参照する」「議論の前提として共有されたデータを用いる」といった共通ルールを策定・周知しました。これにより、経験や感覚だけに頼るのではなく、共通の事実に基づいた議論を促進しました。

3. 構造化された対話プロセスの導入:

   • 意思決定会議やブレインストーミングにおいては、ファシリテーターを置き、議論のフェーズ（課題定義、情報共有、選択肢検討、決定）を明確に区切り、各フェーズで確認すべき項目（例: この選択肢のメリット/デメリットは？ 想定されるリスクは？ 必要なデータは何か？）を設定しました。
   • 特に、反対意見や懸念を示すメンバーに対しては、「なぜそう考えるのか、具体的な根拠は何か」を丁寧に問いかけ、経験に基づく意見も単なる感覚ではなく、過去の事例や観察に基づいた「定性的なデータ」として扱うよう促しました。

4. 「意思決定ログ」の記録と共有:

   • 重要な意思決定については、その背景、検討された選択肢、決定理由、そして反対意見や懸念点なども含めて「意思決定ログ」として記録し、チーム全体に共有しました。これにより、意思決定の透明性を高め、後から振り返りや学びを得られるようにしました。

結果と効果

これらの施策導入後、プロジェクトチームの意思決定プロセスは大きく改善されました。

• 世代間のアプローチの違いに対する相互理解が深まり、不必要な対立や感情的な衝突が減少しました。
• 共通のデータ基盤とルールにより、客観的な根拠に基づいた議論が活発になり、意思決定の質が向上しました。
• 構造化された対話プロセスとファシリテーターの存在により、議論が効率的に進み、意思決定にかかる時間が短縮されました。
• 意思決定ログの共有により、プロジェクト全体の透明性が高まり、メンバーの納得感と当事者意識が向上しました。

結果として、遅延していたプロジェクトはペースを取り戻し、当初の計画に近い時期にサービスを市場に投入することができました。また、チーム内の心理的安全性も向上し、その後のプロジェクトにおけるメンバー間の協働も円滑になったとのことです。

事例から得られる学びと示唆

この事例から、人事企画部門や組織のマネージャーが世代間意思決定ギャップの解消に関して考慮すべきいくつかの重要な学びが得られます。

• 「違いがあること」の認識と受容: まず、世代によって意思決定における価値観やアプローチが異なることを組織全体が認識し、それを単なる問題としてではなく、多様性として受容する文化を醸成することが出発点です。
• 「共通言語」としてのデータ活用: 経験や感覚といった言語化しにくい要素と、データという客観的な要素の両方を意思決定の根拠として活用できるような共通理解やスキルを育成することが有効です。データリテラシー向上施策は、この文脈で重要になります。
• プロセスの設計と対話の促進: どのような情報を用いて、どのような段階を踏んで意思決定を行うのかというプロセス自体をチームで合意形成し、構造化された対話の場を設けることが、建設的な議論を可能にします。ファシリテーション能力の向上や、外部ファシリテーターの活用も検討に値します。
• 透明性と振り返りの仕組み: 意思決定の過程を可視化し、共有することで、メンバーの納得感を高め、将来の意思決定の質向上に繋げることができます。

まとめ

プロジェクト推進における世代間意思決定ギャップは、多くの組織で発生しうる課題ですが、適切な理解と戦略的なアプローチによって乗り越えることが可能です。本事例は、単に一方の世代に合わせるのではなく、世代ごとの強みを活かしつつ、対話とデータ活用を軸とした共通の基盤とプロセスを構築することで、意思決定の質とスピード、そしてチームの健全性を同時に向上させられることを示唆しています。

自社の組織文化やプロジェクトの特性を踏まえ、このような事例を参考にしながら、多様な世代が協力して最良の意思決定を行える環境づくりに取り組むことが、今後の組織成長においてますます重要となるでしょう。