オフィス環境・働く場所に対する世代間意識ギャップ解消:目的意識の変化に対応する空間デザインとルール作り
働く「場所」への価値観多様化と世代間ギャップ
近年、働き方の多様化が進む中で、オフィスという「働く場所」に対する従業員の意識も大きく変化しています。特に、世代によってオフィスに求める機能や価値観に違いが見られ、これが組織内で新たなギャップを生む要因となることがあります。たとえば、オフィスを「個人が集中して業務を行うための場所」と捉える世代がいる一方、「チームで協働したり、偶発的なコミュニケーションから新たなアイデアを生み出したりするための場所」と考える世代も存在します。このような価値観の違いが、オフィスへの出社率のばらつき、スペースの有効活用、あるいはチーム内の連携方法といった様々な課題となって現れることがあります。
本稿では、このようなオフィス環境・働く場所に対する世代間の意識ギャップを解消し、多様な価値観を持つ従業員にとってより価値のある場とするための具体的な取り組み事例をご紹介します。
事例:オフィス環境への期待ギャップが生んだ課題と背景
ある製造業の企業では、コロナ禍を経てリモートワークが浸透した結果、オフィスへの出社率が大きく低下しました。経営層はオフィスの必要性を感じていたものの、従業員からは「家の方が集中できる」「移動時間が無駄」といった声が多く聞かれました。特に若手層からは「オフィスに行くのはチームメンバーや他の部署の人と顔を合わせたい時だけ」といった意見が聞かれる一方で、ある程度の勤続年数を持つ層からは「やはりオフィスで顔を合わせて仕事をするのが基本」「自宅だと仕事とプライベートの切り替えが難しい」といった、オフィスを「働く場所」の基盤と捉える意識が根強く見られました。
この意識のギャップは、チーム内のコミュニケーション不足、部署間の連携の鈍化、さらにはオフィスに出社した際の席の確保に関する不満など、新たな組織課題を生み出していました。人事部門には、オフィス戦略の見直しや、多様な働き方を支援するための環境整備が求められる状況でした。
具体的な施策:対話に基づく空間再設計とルール整備
この企業では、オフィス環境に対する世代間の意識ギャップを解消するため、以下の具体的な施策を実施しました。
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意識調査とワークショップによる現状把握と対話促進: 全従業員を対象に、オフィスに対する期待、リモートワークの課題、理想の働き方などに関する大規模な意識調査を実施しました。その結果を基に、世代や部署を横断した少人数のワークショップを複数回開催。「オフィスに求めること」「より快適に働くために必要な環境」などをテーマに自由な対話の場を設けました。ここでは、異なる世代間の価値観の違いを互いに理解し、共通認識を形成することが重視されました。
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オフィス空間の目的別再設計: ワークショップでの意見や調査結果を踏まえ、オフィス空間を抜本的に見直しました。従来の固定席中心のレイアウトから、以下の要素を取り入れたハイブリッド型のオフィスへと改修しました。
- 集中ワークエリア: 一人での集中作業に適した、静かで仕切りのある空間。
- コラボレーションエリア: ホワイトボードやモニターを備え、少人数での打ち合わせやアイデア出しに適した開放的な空間。
- アクティブコミュニケーションエリア: よりカジュアルな雰囲気で、部門横断的な交流や休憩中の雑談を促す空間。
- オンライン会議ブース: 個室型のWeb会議専用スペース。 物理的に多様な選択肢を用意することで、「集中したい」「議論したい」「交流したい」といった異なるニーズに対応できるようにしました。
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オフィス利用に関するルールの再定義と周知: オフィスを単なる「働く場所」ではなく、「集まる場所」「交流する場所」「特定の業務に集中するための場所」として位置づけ、その利用目的を従業員全体に周知しました。完全なフリーアドレス制を導入しつつ、「チームで集まる際はコラボレーションエリアを予約する」「集中したいときは集中ワークエリアを利用する」といった、各エリアの推奨される利用方法を明確にしました。また、リモートワークとオフィスワークを組み合わせたハイブリッドワークを正式な働き方として制度化し、その際のコミュニケーションルール(例:オフィス出社時は積極的に声掛けを行う、オンライン会議参加者はカメラオンを基本とする等)も定めていきました。
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経営層・管理職の率先した働き方実践: 経営層や管理職が、新しいオフィス空間を積極的に活用し、多様な働き方を実践する姿を示すことを意識しました。例えば、役員が執務室ではなくコラボレーションエリアで打ち合わせをしたり、管理職がリモートワークとオフィスワークを組み合わせたりすることで、従業員が新しい働き方やオフィス利用方法を安心して試せる雰囲気づくりを推進しました。
結果・効果:意識の軟化と生産性の向上
これらの施策の結果、以下のような効果が見られました。
- オフィス利用目的の明確化と質的な向上: 単なる出社率回復ではなく、「チームでの協働」「部署間の情報交換」「集中作業」など、目的に合わせたオフィス利用が増加しました。
- 世代間の相互理解促進: ワークショップや新しいオフィス空間での偶発的な交流を通じて、異なる世代間の働く場所への価値観やニーズに対する理解が進みました。
- コミュニケーションの活性化: 特にコラボレーションエリアやアクティブコミュニケーションエリアの設置により、オンラインでは生まれにくい、顔を合わせた上での活発な議論や情報交換が促進されました。
- 従業員エンゲージメントの一部改善: 働く場所や働き方の選択肢が増え、自身の業務内容やその日の目的に合わせて働く場所を選べるようになったことで、働くことへの納得感や自律性が高まったという声が聞かれました。
- 採用活動へのポジティブな影響: 新しいオフィス環境や柔軟な働き方は、特に新しい価値観を持つ求職者に対して魅力的な要素となり、採用競争力の向上に寄与しました。
事例から得られる学びと示唆
この事例から、オフィス環境・働く場所に関する世代間ギャップを解消し、より良い働く環境を整備するための重要な学びが得られます。
まず、働く「場所」に対する従業員の価値観が多様化している現実を認識することから始める必要があります。これは、単にオフィスを縮小するか維持するかといった二者択一の議論ではなく、従業員がオフィスに何を求めているのか、リモートワークで何に課題を感じているのかといった、多様なニーズを丁寧に把握することが出発点となります。
次に、そのニーズに基づいてオフィス空間を機能別に再設計し、多様な働き方に対応できる柔軟性を持たせることが効果的です。集中、協働、交流といった異なる活動をサポートするエリアを設けることで、従業員は自身の業務内容やその日の気分に合わせて最適な場所を選択できるようになります。これは、特定の世代に合わせた環境を用意するのではなく、多様なニーズを包摂する設計思想と言えます。
さらに、物理的な環境整備だけでなく、オフィスや各種働く場所の「使い方」に関するルールやガイドラインを、従業員の意見も取り入れながら定めていくことが重要です。そして、そのルールを単に押し付けるのではなく、なぜそのようなルールが必要なのか、新しい環境でどのように働くことが推奨されるのかといった目的意識を丁寧に共有することが、世代間の理解と協力を得る鍵となります。
最後に、経営層や管理職が自ら新しい働き方を実践し、その変化に対するポジティブなメッセージを発信し続けることが、組織全体の意識変革を促し、世代間のギャップを自然と埋めていく上で不可欠な要素となります。働く場所に対する価値観は、組織文化や従業員のエンゲージメントに深く関わるテーマであり、物理的な環境、制度、そして組織のコミュニケーションの三位一体でのアプローチが効果を発揮すると言えるでしょう。
まとめ
オフィス環境や働く場所に対する世代間の意識ギャップは、多くの組織で顕在化しつつある課題です。このギャップを放置することは、従業員の生産性低下やコミュニケーション不全、さらには組織文化の分断を招く可能性があります。しかし、本事例のように、従業員の多様なニーズを丁寧に把握し、対話を通じて共通理解を醸成しながら、物理的な環境、制度、そしてリーダーシップが一体となった包括的なアプローチを行うことで、このギャップは乗り越えることが可能です。働く場所を、異なる世代の従業員がそれぞれの目的や価値観を尊重しつつ、共通の目標に向かって協働できるような、より柔軟で魅力的な場へと進化させていくことが、これからの組織には求められています。