イノベーションにおける世代間ギャップ解消事例:多世代協創を促す組織づくり
イノベーション推進における世代間ギャップの課題
多くの企業が持続的な成長のためにイノベーション創出を喫緊の課題として掲げています。しかし、組織内で新しいアイデアや変化を生み出し、実行に移す過程において、世代間の意識や価値観の違いが障壁となるケースが見受けられます。
例えば、新しい技術やビジネスモデルに対する受容性、リスクテイクへの考え方、アイデアを形にするまでのプロセス、失敗への向き合い方などに、世代によって異なる傾向が見られることがあります。若手世代はデジタル技術への親しみやスピード感を重視する一方、ベテラン世代は過去の成功体験や慎重な検討プロセスを重んじる傾向があるなど、これらの違いがコミュニケーションの齟齬やプロジェクトの停滞を招く要因となり得ます。
本稿では、このような世代間ギャップを乗り越え、多世代の力を結集してイノベーションを推進した組織の事例を紹介し、その取り組みから得られる示唆を考察します。
事例:多世代協創によるイノベーション推進体制の構築
ある製造業のA社では、新規事業創出と既存事業の変革を加速するため、全社的なイノベーション推進プロジェクトを立ち上げました。当初、プロジェクトメンバーからは「新しいアイデアを出しても、ベテラン社員から『それは無理だ』と否定される」「若手の突飛な発想についていけない」といった声が聞かれ、世代間の溝がイノベーションの芽を摘んでいる状況が見られました。
A社は、この課題に対処するため、以下の施策を組み合わせた多角的なアプローチを実施しました。
- 異世代混合チームによるアイデア創出ワークショップ: 従来の部署横断に加え、意図的に異なる世代のメンバーで構成されるワークショップを実施。互いの経験や知識を尊重し合うためのファシリテーションを導入し、自由な発想を促しました。
- 「失敗を許容する文化」の醸成とメッセージ発信: 経営層が繰り返し「イノベーションには失敗がつきもの」「小さな成功と多くの学びが重要」であるというメッセージを発信。失敗事例を共有する場を設け、その学びを称賛する文化を根付かせようとしました。
- アイデア具現化のためのスモールスタート支援: 承認プロセスを簡略化し、リスクの小さい範囲でアイデアを試すための予算と権限を各チームに委譲。結果が思わしくない場合でも、次のステップへの学びとして評価する仕組みを導入しました。
- クロスメンタリング制度の活用: ベテラン社員が若手社員の斬新なアイデアを現実的な視点からサポートし、若手社員がベテラン社員に最新の技術動向や市場ニーズを伝えるといった、双方向のメンタリングを推奨しました。
- イノベーション貢献に対する評価指標の導入: 新規アイデアの提案数や、イノベーション関連プロジェクトへの貢献度を人事評価に組み込むことで、世代を問わずイノベーション活動への積極的な参加を奨励しました。
事例から得られた結果と効果
これらの施策の結果、A社では組織全体の心理的安全性が向上し、世代を超えた活発なアイデア交換が行われるようになりました。当初見られた世代間の壁は徐々に低減し、互いの強みを活かそうとする姿勢が強まりました。
具体的な成果として、複数の新規事業アイデアが小規模ながら実証実験段階に進展したほか、業務プロセスの大幅な効率化につながる改善提案が現場から多数寄せられるようになりました。また、社員アンケートでは「自分のアイデアが尊重されるようになった」「異なる世代の考え方を理解し、視野が広がった」といった肯定的な意見が増加し、組織全体のエンゲージメント向上にも寄与したことが確認されました。
事例から学ぶ:多世代協創を促すための視点
A社の事例からは、世代間ギャップがイノベーションの障壁となる状況を乗り越えるための重要な示唆が得られます。人事企画担当者がこれらの学びを自社の施策立案に活かすためには、以下の点を考慮することが有効と考えられます。
- 対話と相互理解の促進: 異なる世代が集まる場を意図的に設け、互いの価値観や考え方をオープンに話し合える機会を作ること。形式的な会議だけでなく、ワークショップやカジュアルな意見交換会なども有効です。
- 心理的安全性の確保: 新しいアイデアや異論を自由に発言できる雰囲気づくりが不可欠です。失敗を非難せず、挑戦を称賛する文化を醸成するためには、経営層からの明確なメッセージと、それを実践するリーダーシップが求められます。
- 役割と期待値の明確化: イノベーション推進において、各世代がどのような強み(例: ベテランの経験・知見、若手のデジタルスキル・新しい視点)を発揮できるのかを明確にし、互いに期待する役割を共有することで、スムーズな連携を促します。
- 評価・インセンティブの見直し: イノベーション活動への貢献が正当に評価される仕組みを導入することは、社員のモチベーションを高める上で重要です。成果だけでなく、プロセスや挑戦そのものも評価対象とすることが、特に新しい取り組みにおいては有効となり得ます。
- 変化への柔軟な対応: 時代とともに変化する技術や市場に対応するため、継続的な学習機会の提供や、新しいツール・手法への慣れをサポートする取り組みも必要です。
まとめ
イノベーション推進において世代間ギャップは避けられない課題となり得ますが、それは同時に、多世代が持つ多様な視点や経験を統合することで、より強力なイノベーションを生み出す可能性を秘めているとも言えます。A社の事例のように、意図的な場の設定、文化醸成、そして評価・支援制度の見直しといった多角的なアプローチを通じて、世代間の壁を乗り越え、組織全体のイノベーション力を高めることが可能となります。
人事企画部門においては、自社の現状における世代間ギャップの特性を理解し、本事例を参考に、社員一人ひとりの強みを活かし、多世代が協創できる環境を整備していくことが求められています。