多世代のDX意識・スキルギャップを埋める:実践事例
はじめに
多くの組織でデジタルトランスフォーメーション(DX)が推進されていますが、その過程で多世代間の意識やスキルレベルの違いが課題となるケースが見られます。デジタルツールへの慣れ、新しい技術への関心度、変化への適応速度などは、世代によって傾向が異なることがあります。こうしたギャップが、DX推進の遅れや組織内の摩擦を引き起こす要因となることも少なくありません。
本記事では、多世代が共存する組織において、DX推進における意識やスキルギャップをどのように解消し、成功に導いたのか、具体的な事例を通してご紹介します。
事例の背景と課題:老舗製造業A社におけるDX推進
老舗製造業であるA社は、市場環境の変化に対応するため、生産管理システムや販売管理システムの刷新、データ分析による業務改善といったDXを推進することを決定しました。しかし、社内には長年培われてきた紙ベースの文化が根強く、デジタルツールの導入経験も限定的でした。
具体的には、以下のような世代間ギャップに起因する課題が顕在化しました。
- 若手層: デジタルツールへの抵抗感は少ないものの、自部署の業務と新しいシステム・技術がどう連携し、どのような効果を生むのか具体的なイメージを持ちにくい傾向が見られました。また、既存業務プロセスの深い理解に欠ける場合もありました。
- ベテラン層: 長年の経験に基づいた業務知識や現場の知見は豊富ですが、新しいデジタルツールへの導入研修に対する苦手意識や抵抗感が散見されました。キーボード入力やクラウドサービスの概念への理解に時間を要するケースもありました。
- 中間管理職層: 若手とベテランの間に挟まれ、双方の意見を調整しつつ、自身の業務もこなしながらDXを推進することへの負担が大きく、リーダーシップを発揮しきれない状況が見られました。
これらの課題により、新しいシステムの導入計画が遅延したり、一部の部署でツールの活用が進まなかったりといった問題が発生していました。
ギャップ解消に向けた具体的な施策・取り組み
A社はこれらの課題に対し、以下のような多角的なアプローチを実施しました。
-
「DX推進アンバサダー制度」の導入: 各部署から、世代や職種を問わず、DXに関心のある社員を「DX推進アンバサダー」として任命しました。アンバサダーには、新しいツールの情報共有、部署内の質問対応、他部署との連携促進などの役割を担ってもらいました。これにより、現場に近い立場で情報が共有され、心理的なハードルを下げる効果がありました。
-
多世代混合プロジェクトチームの編成: 新しいシステム導入や業務改善プロジェクトには、意図的に異なる世代のメンバーを配置しました。若手はデジタルスキルや新しい情報への感度、ベテランは業務知識や経験、中間管理職はプロジェクトマネジメントの視点を発揮できるよう促しました。チーム内での日常的な対話を通じて、お互いの知識やスキルを自然に補完し合う環境を構築しました。
-
実践重視・スモールスタートの研修プログラム: デジタルツールの研修は、機能説明だけでなく、A社の実際の業務に即した具体的な操作例を豊富に取り入れました。また、全員一斉ではなく、小規模なグループで繰り返し操作練習を行う形式を導入しました。特にベテラン層向けには、キーボード入力練習や基本的なPC操作に関する個別のサポート体制も用意しました。
-
「業務改善アイデアソン」の定期開催: 新しいデジタルツールやデータを活用して、どのように既存業務を改善できるかについて、全社員からアイデアを募るイベントを定期的に開催しました。世代を超えて様々な部署からアイデアが出され、優秀なアイデアは実際に試行する機会を提供しました。これにより、「DXは自分たちの業務をより良くするものだ」という当事者意識と前向きな姿勢を醸成しました。
-
成功事例の積極的な共有: 新しいツールの活用やデータ分析によって業務効率が向上した事例を、社内報やイントラネット、全体会議などで積極的に共有しました。「〇〇さんがこの機能を使って△△業務が××%効率化された」といった具体的な成果を示すことで、「自分にもできそうだ」「やってみよう」というモチベーションを高めました。
結果と効果
これらの施策の結果、A社では以下のような変化が見られました。
- デジタルツールの活用率向上: 新しいシステムやツールの利用が定着し、当初計画よりも早期に活用率が目標値に到達しました。
- 世代間の相互理解促進: 異世代混合チームやアイデアソンを通じて、お互いのスキルや視点に対する理解が進み、社内のコミュニケーションが円滑になりました。
- DXへの前向きな意識変化: 「自分たちもDXの一員である」という意識が醸成され、新しい技術や変化に対する抵抗感が軽減されました。
- 業務改善の推進: デジタルツールの活用と多世代の知見が融合したことで、具体的な業務改善アイデアが生まれやすくなり、生産性向上に繋がりました。
当初懸念されていた世代間ギャップは完全に消滅したわけではありませんが、お互いの違いを認め、強みを活かし合う組織文化が育まれ始めました。
事例から得られる学び・示唆
このA社の事例から、多世代間のDX意識・スキルギャップ解消に向けた重要な示唆が得られます。
- 一方的な教育ではなく、共創の場を作る: 新しい技術の習得は必要ですが、単に研修を提供するだけでなく、異なる世代が協力して具体的な課題解決に取り組む機会を設けることが効果的です。
- 「自分ごと」として捉えてもらうための工夫: 全体目標としてDXを掲げるだけでなく、それが各部署や個人の業務にどのようなメリットをもたらすのか、具体的なイメージを持たせることが重要です。現場からのアイデアを吸い上げ、形にする仕組みは有効なアプローチです。
- 心理的安全性の確保: 新しいことへの挑戦には不安が伴います。特にデジタルに不慣れな層に対しては、「できなくても大丈夫」「質問しやすい雰囲気」を作るなど、心理的安全性を高める配慮が不可欠です。
- 成功事例の共有による動機付け: 小さな成功でも良いので、具体的な成果を可視化し、共有することで、「やればできる」という自信と意欲を引き出すことができます。
人事企画部門としては、このような施策の企画立案だけでなく、世代を超えた交流を促す人事制度や評価制度の見直し、管理職層への異世代マネジメント研修の実施なども検討することで、組織全体のDX推進力を底上げできると考えられます。
まとめ
DX推進における世代間ギャップは、多くの組織が直面する課題です。しかし、一方的な押し付けではなく、異なる世代が互いの知識やスキルを尊重し、共に学び、創造する機会を提供することで、このギャップを乗り越えることは十分に可能です。
本事例が、皆様の組織におけるDX推進、および世代間ギャップ解消に向けた取り組みの参考となれば幸いです。組織の多様性を力に変え、変化を恐れず前進していくための施策を、ぜひ検討されてみてください。