管理職の役割意識における世代間期待ギャップ解消:多世代のリーダーシップ像を摺り合わせるアプローチ
はじめに
組織の世代構成が多様化する中で、管理職に求められる役割に対する認識に、世代間でギャップが生じているケースが増えています。これは、過去の成功体験に基づく管理スタイルと、現代的な働き方や価値観に基づく期待との間に生じる乖離であり、チーム内のコミュニケーション不全やメンバーのエンゲージメント低下、ひいては組織全体の生産性や活性度の低下を招く要因となり得ます。
本記事では、この「管理職の役割意識における世代間期待ギャップ」に焦点を当て、実際にこの課題に直面し、それを乗り越えるための施策を講じた組織の事例を紹介します。事例から得られる具体的な学びや示唆を通じて、自社における管理職の役割と期待の摺り合わせについて検討する際の参考としていただければ幸いです。
事例企業:背景と課題
ある中堅サービス企業では、組織全体の高齢化と、近年の若手社員採用の増加に伴い、世代間の構成比率が大きく変化していました。特に管理職層は長らく同じ顔ぶれが中心であり、現場のマネジメントスタイルは伝統的な「指示・命令・管理」型が主流でした。
一方で、新しく入社する若手社員や、中堅層の一部からは、管理職に対して「コーチング」「メンター」「キャリア支援」「心理的安全性確保」「情報共有」といった、より支援的・共創的な役割を期待する声が高まっていました。しかし、多くの既存管理職はこれらの期待に戸惑いを感じており、「自分たちの時代とは違う」「どう接すれば良いか分からない」といった声が聞かれるようになりました。
こうした状況は、チーム内のコミュニケーションがギクシャクする、若手社員が萎縮して意見を言わない、管理職自身もプレッシャーを感じ疲弊するなど、様々な問題を引き起こしていました。人事部門の従業員意識調査でも、「管理職への期待と現状のギャップ」に関する項目で、特に若手層からのネガティブな回答が目立つようになり、組織全体のエンゲージメント低下に繋がる深刻な課題として認識されるようになりました。
講じられた施策と具体的な取り組み
この企業では、管理職の役割意識における世代間期待ギャップを解消するために、以下の施策を複合的に実施しました。
1. 多世代参加型ワークショップによる「理想の管理職像」の可視化と摺り合わせ
まず、現場の管理職、一般社員(若手・中堅)、人事部門のメンバーが参加する多世代横断型のワークショップを実施しました。ワークショップでは、「あなたが理想とする管理職の姿はどのようなものか」「現在の管理職に期待すること、してほしいことは何か」「管理職が抱える課題は何か」といったテーマについて、グループディスカッションやポストイットワークを通じて自由に意見を交換しました。
このプロセスを通じて、世代ごとに異なる管理職への期待や、管理職自身の悩みや課題が「見える化」されました。例えば、「明確な指示がほしい」という意見がある一方で、「自分で考えて行動させてほしい」「意見を尊重してほしい」という意見も出ました。また、管理職からは「部下が何を求めているか分からない」「時代に合わせてどう変われば良いか悩む」といった本音が共有されました。
ワークショップの最後に、可視化された多様な意見を踏まえ、「当社の管理職に今後期待される役割」について、全員で共通認識を持つための議論を行い、言語化しました。これは、従来の「管理・指示」に加え、「傾聴・対話」「メンバーの成長支援」「心理的安全性の醸成」「多様な意見の尊重」といったキーワードを含む、より多角的で現代的な管理職像としてまとめられました。
2. 管理職向け研修プログラムの刷新
ワークショップで特定された新しい管理職像に基づき、既存の管理職向け研修プログラムを刷新しました。従来の「目標設定」「評価」「労務管理」といった基本スキルに加え、新たに以下の要素を強化しました。
- コーチングスキル: メンバーの自律的な成長を支援するための質問・傾聴スキル。
- 傾聴・対話スキル: メンバーの意見や価値観を深く理解し、信頼関係を築くための対話手法。
- 多様性理解とインクルージョン: 異なる世代や価値観を持つメンバーを受け入れ、活かすための考え方と実践。
- 心理的安全性の醸成: メンバーが安心して意見を言ったり、挑戦したりできるチーム環境の作り方。
座学だけでなく、ロールプレイングやケーススタディを取り入れ、実践的なスキル習得に重点を置きました。また、一方的な研修ではなく、管理職同士が自身の悩みや成功体験を共有し合うピアラーニングの時間も設けました。
3. 双方向のフィードバック文化の醸成
管理職からメンバーへの一方的なフィードバックだけでなく、メンバーから管理職への率直なフィードバックを促進する仕組みを導入しました。具体的には、以下の取り組みを強化しました。
- 1on1ミーティングの推奨と質の向上: 人事部門が1on1の目的や進め方に関する研修を実施し、管理職がメンバーのキャリアや働きがいについて深く聴き、支援する対話ができるようサポートしました。
- 匿名での意識調査: 管理職のマネジメントスタイルに対するメンバーの満足度や期待に関する匿名アンケートを定期的に実施し、結果を管理職本人にフィードバックしました。
- 限定的な360度評価の試行: 一部の部署で希望者を募り、限定的に360度評価を導入し、自己認識と他者からの認識のギャップを把握する機会を提供しました。
これらの施策を通じて、管理職は自身のマネジメントスタイルがメンバーにどう影響しているかを客観的に知ることができ、改善の意欲を高めることに繋がりました。同時に、メンバー側も管理職への期待を伝えるチャンネルができることで、不満を抱え込まずに済むようになりました。
結果と効果
これらの施策を導入した結果、企業には以下のような変化が見られました。
- 管理職とメンバー間のコミュニケーション改善: ワークショップや研修、1on1を通じて相互理解が進み、以前よりもオープンなコミュニケーションが増加しました。特に、若手社員が管理職に相談したり、意見を述べたりする機会が増えました。
- チームエンゲージメントの向上: 定期的な従業員意識調査において、「管理職との関係性」「チームの心理的安全性」に関する項目で、全体的なスコアが向上しました。特に若手層の満足度の上昇が見られました。
- 管理職自身の変化: 研修やフィードバックを通じて、自身のマネジメントスタイルを見つめ直し、新しいスキルを学ぼうとする管理職が増えました。「部下の話を聞くのが楽しくなった」「チームで課題を乗り越える実感が持てるようになった」といった前向きな声も聞かれました。
- 若手社員の離職率低下への寄与(示唆): 直接的な因果関係の証明は難しいものの、施策導入後に若手社員の定着率が改善傾向を示しており、管理職との良好な関係性が定着に寄与している可能性が示唆されました。
これらの変化は、管理職の役割意識における世代間期待ギャップが一定程度解消され、組織の活性化に繋がったことを示しています。
事例から得られる学びと示唆
この事例から、世代間における管理職の役割期待ギャップを解消し、組織を活性化させるための重要な学びや示唆が得られます。
- 「ギャップの可視化」の重要性: まず、世代間でどのような管理職像が期待されているのか、現状の管理職はどのような課題を抱えているのかを、多世代が参加する対話の場を通じて「見える化」することが不可欠です。ここを曖昧にしたまま施策を打っても、効果は限定的になる可能性があります。
- 一方的な変化の押し付けではなく「共通認識の形成」: 新しい管理職像を一方的に定義し、既存管理職に押し付けるのではなく、多世代の意見を取り入れ、共通認識として「共に作り上げる」プロセスが重要です。これにより、管理職自身の納得感や主体的な変化への意欲を引き出すことができます。
- 管理職への「学びと支援」の提供: 時代や世代の変化に対応したマネジメントスキルは、多くの管理職にとって新たな学びが必要です。研修やコーチング、ピアラーニングなど、実践的な学びの機会を提供し、変化をサポートする体制を整えることが重要です。また、メンバーからのフィードバックを成長の機会として活かせるよう、人事部門や上位職からの丁寧なフォローアップも求められます。
- 「双方向のコミュニケーション」の促進: 管理職への期待をメンバー側が安心して伝えられる仕組み(1on1、アンケート、フィードバックツールなど)を整備することで、建設的な対話が生まれやすくなります。これは管理職の成長だけでなく、メンバーのエンゲージメント向上にも繋がります。
- 制度・文化の両面からのアプローチ: 研修プログラムの刷新やフィードバック制度の導入といった「制度」だけでなく、率直な対話を推奨する「文化」を醸成していくことも同時に重要です。組織全体として、世代間の違いを認め合い、互いの立場を理解しようとする姿勢を育むことが、持続的なギャップ解消に繋がります。
人事企画部としては、これらの点を踏まえ、自社の管理職層の構成、社員の意識調査結果、既存の育成・評価制度などを分析し、どのようなアプローチが有効かを検討することが求められます。
まとめ
本記事では、管理職の役割意識における世代間期待ギャップを解消し、組織を活性化させた事例を紹介しました。世代間の異なる期待を「見える化」し、対話を通じて共通認識を形成すること、そして管理職への学びと成長の機会を提供し、双方向のコミュニケーションを促進することが、この課題を乗り越えるための鍵となります。
世代間ギャップは組織にとって避けられない変化の一部ですが、それを乗り越え、多様な価値観を持つ社員一人ひとりがその能力を最大限に発揮できる環境を整備することは、組織の持続的な成長にとって不可欠です。本事例が、読者の皆様が自社の組織課題に向き合い、具体的な施策を検討する一助となれば幸いです。