自己表現・自己アピールに関する世代間意識ギャップ解消事例:対話と機会創出によるアプローチ
組織における自己表現・自己アピール意識の世代間ギャップ
組織における成果の発信や自己成長に向けたアピールに対する意識は、世代によって異なる傾向が見られます。キャリアの段階や社会環境、教育背景の違いから、「自分を前に出すこと」や「自分の成果を語ること」への考え方や慣習にギャップが生じることがあります。
例えば、上の世代では謙遜を美徳とする傾向や、職務を淡々とこなすことが良しとされてきた背景から、積極的に自己アピールを行うことに抵抗を感じる方がいるかもしれません。一方で、下の世代では、成果を可視化し適切にアピールすることが評価やキャリアアップにつながるという考え方がより一般的になっている場合があり、そのアプローチもSNS等で慣れ親しんだ方法に依拠する傾向が見られることもあります。
このような意識のギャップは、個人の貢献が正当に評価されなかったり、多様なスキルやアイデアが組織内で共有されにくくなったりといった課題を引き起こす可能性があります。また、チーム内のコミュニケーションや協力体制にも影響を与えかねません。人事企画部門としては、こうした世代間意識のギャップを理解し、解消に向けた施策を講じることが、組織全体の活性化や多様な人材の活躍推進につながります。
事例:自己表現・自己アピール意識ギャップに直面したA社
ある中堅サービス業のA社では、近年、若手社員の「考えていることはあるが、会議や公式の場で発言するのを躊躇する」という声や、ベテラン社員の持つ豊富な経験や知見が他の社員に十分に共有されないという課題が顕在化していました。特に、新しいプロジェクトの企画会議などでは、特定の積極的なメンバーだけが発言し、他のメンバーからは表面的な賛同しか得られないといった状況が見受けられました。
この背景には、 1. 会議文化: 長時間で formality を重んじる傾向があり、自由に発言しづらい雰囲気。 2. 評価制度: プロセスよりも結果が重視され、提案に至らない段階での発言や、数値化しにくい貢献(例えば、経験に基づいたリスクの示唆など)が評価されにくいという認識。 3. コミュニケーションスタイル: 日頃から非公式な対話が少なく、改まった場でないと意見を言いにくい風土。 といった要因があり、結果として世代による自己表現への慣れや意識の違いが、組織の活力を削いでいました。
人事企画部は、この状況が社員のエンゲージメント低下やイノベーションの停滞につながると判断し、世代間ギャップの解消に向けた取り組みを開始しました。
具体的な施策と取り組み
A社が実施した主な施策は以下の通りです。
- 「心理的安全性」醸成ワークショップの実施: 全社員を対象に、相互尊重、率直な意見交換の重要性、失敗を恐れずに挑戦できる環境の価値について学ぶワークショップを実施しました。特に管理職層に対しては、傾聴スキルやポジティブフィードバックの方法に焦点を当てた研修を強化しました。
- 1on1ミーティングの形式変更と推奨: 従来の業務進捗確認中心の1on1から、「キャリアやスキルの棚卸し」「仕事への期待」「将来の展望」などを話し合う時間を設ける形式に変更し、実施を強く推奨しました。これにより、上司が部下の隠れた能力や関心を引き出し、自己表現の機会を個別最適化できるよう促しました。
- 多様な情報共有チャネルの導入とルール整備: フォーマルな会議に加え、チャットツール内の専用チャンネルでのアイデア共有、週次のショートプレゼン大会(5分程度で自由なテーマでOK)、社内ブログ、ランチミーティング(少人数・自由参加)など、様々な形式で意見や情報を発信できる場を設けました。それぞれのチャネルの目的と推奨されるコミュニケーションスタイルを明確に定義し、社員が自分に合った方法で貢献を発信できるよう配慮しました。
- 評価制度におけるプロセス評価の導入と成果定義の見直し: 数値目標達成に加え、新しいアイデアの提案、チームへの貢献、他者への協力、課題解決に向けた試行錯誤といったプロセスや行動も評価対象とすることを明文化しました。評価面談では、これらの点について本人からの自己申告を促し、上司との対話を通じて貢献を多角的に振り返る機会を設けました。
結果と効果
これらの施策の結果、A社では以下のような変化が見られました。
- 会議やミーティングでの発言者の増加: 心理的安全性が高まったこと、また多様な発信チャネルがある中で、会議ではより質の高い議論に集中できるようになりました。
- 隠れたスキルやアイデアの発掘: 1on1や新しい情報共有チャネルを通じて、これまで表面化しなかった社員のスキルや業務改善アイデアが発見され、実際の業務に活かされる事例が増えました。
- ベテラン社員の知識継承促進: カジュアルなランチミーティングや社内ブログを通じて、ベテラン社員が持つ経験に基づく知見や失敗談などが自然な形で共有されるようになりました。
- 社員間の相互理解の向上: 多様なコミュニケーションの機会が増えたことで、社員同士がお互いの考え方や強みを理解しやすくなりました。
- 評価に対する納得感の向上: プロセス評価の導入と自己申告・対話の機会が増えたことで、評価基準がより明確になり、自身の貢献が適切に見られているという認識が広まりました。
これらの変化は、組織全体のエンゲージメント向上にも寄与し、離職率の低下にもつながる兆しが見られています。
事例から得られる学びと示唆
この事例から、世代間の自己表現・自己アピール意識のギャップを解消するためには、単に「もっと積極的に発言しよう」と呼びかけるだけでなく、多様な表現方法を許容し、誰もが安心して貢献を発信できる環境と機会を組織的に整備することが重要であることが示唆されます。
人事企画部門が自社で同様の課題に取り組む際に考慮すべきポイントは以下の通りです。
- 現状把握: 自社における自己表現・アピールの現状、特に世代や部署ごとの傾向をサーベイやヒアリングを通じて正確に把握する。
- 原因分析: なぜ社員が自己表現を躊躇するのか、その背景にある組織文化、評価制度、コミュニケーション習慣などの要因を深く掘り下げる。
- 多角的な施策設計: 一つの方法に頼らず、フォーマルな場からインフォーマルな場まで、また対面からオンラインまで、多様なコミュニケーションおよび情報共有の機会を設計する。
- 管理職の役割強化: 上司が部下の声に耳を傾け、強みや貢献を引き出し、適切な承認を行うためのスキル研修やサポート体制を構築する。
- 評価制度との連動: 自己表現やプロセスにおける貢献が適切に評価につながるよう、評価基準や運用の見直しを検討する。
- 粘り強い文化醸成: 心理的安全性の向上や、多様な意見を尊重する文化は一朝一夕には築けません。継続的な働きかけと改善が必要です。
世代間の自己表現・自己アピールに関する意識ギャップは、組織内に眠る可能性を最大限に引き出す上での障壁となり得ます。この事例のように、対話の機会を増やし、多様な発信方法と公平な評価の仕組みを整備することで、誰もが安心して、そして自分らしい方法で貢献を分かち合える組織文化を醸成することが、これからの時代においてますます重要になると言えるでしょう。
まとめ
本記事では、自己表現・自己アピールに対する世代間意識ギャップが組織にもたらす課題と、それを解消するための具体的な施策事例をご紹介しました。A社の事例からは、心理的安全性の醸成、1on1の活用、多様な情報共有チャネルの整備、評価制度の見直しといった多角的なアプローチが、組織内のコミュニケーション活性化と多様な貢献の発掘に有効であることが分かりました。
人事企画部門の皆様にとって、この事例が自社の組織課題解決や施策立案の参考になれば幸いです。世代間の違いを理解し、それを組織の強みへと変えるための取り組みは、今後も継続的に求められていきます。