健康経営・ウェルビーイングに関する世代間意識ギャップ解消事例:多世代が納得する促進施策
導入:高まる健康経営・ウェルビーイングへの注目と世代間の壁
近年、企業経営において「健康経営」や「ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)」への関心が高まっています。従業員の健康増進や幸福度向上が、生産性の向上、創造性の発揮、組織へのエンゲージメント強化、そして優秀な人材の確保や定着につながるという認識が広まっているためです。
しかし、こうした取り組みを進める中で、従業員間の意識や関心に世代間ギャップが生じ、施策が特定の層にしか響かない、あるいは関心を持たれないといった課題に直面するケースが見られます。健康や働きがいに対する価値観は、育ってきた時代背景や社会情勢、キャリアフェーズによって異なるため、一律の施策では期待する効果が得にくいのです。
本稿では、ある企業が直面した健康経営・ウェルビーイングへの世代間意識ギャップの課題と、それを乗り越えるために講じた具体的な施策、そしてそこから得られる学びについてご紹介します。
事例の背景・課題:健康診断受診率に見る世代間の温度差
某サービス業のA社では、数年前から健康経営を経営戦略の柱の一つに据え、様々な施策を展開していました。定期的な健康診断の受診推奨、産業医面談の促進、運動習慣定着のためのウォーキングイベント、メンタルヘルス研修、食生活改善セミナーなど、多岐にわたるプログラムを提供していました。
しかし、施策の効果測定を進める中で、特定の施策への参加率や従業員の健康意識に顕著な世代間ギャップがあることが明らかになりました。例えば、定期健康診断の受診率は全体として高かったものの、オプション検査の受診意向や、診断結果を受けた改善行動への積極性に世代差が見られました。また、ウォーキングイベントへの参加者は比較的高齢層に偏り、メンタルヘルス研修も管理職を含む中堅層の参加が中心でした。
若手層からは「忙しくて時間が取れない」「健康は自己責任」「会社に管理されたくない」「プライベートの時間を削りたくない」といった声が多く聞かれました。一方、ベテラン層からは「会社が健康を気遣ってくれるのはありがたいが、内容は一方的」「効果が実感できない」「強制されている感じがする」といった声も聞かれました。
これらの声から、単に施策を提供しても、従業員一人ひとりの価値観やライフスタイルに合致しなければ、真の関与や行動変容にはつながらないという課題が浮き彫りになりました。特に、多様な働き方や価値観を持つ若手層へのアプローチと、長年の慣習を持つベテラン層への意識変革の両方が必要であることが認識されました。
具体的な施策・取り組み:ニーズの掘り起こしと多様な選択肢の提供
A社は、この世代間意識ギャップを解消し、全従業員が自身のウェルビーイング向上に主体的に取り組めるようにするため、以下の施策を講じました。
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多様なニーズの丁寧なヒアリング: まず、全従業員を対象とした匿名での健康・ウェルビーイングに関する意識調査を実施しました。既存の施策への評価、関心のあるテーマ、理想の働き方、健康や幸福に関する価値観などを多角的に質問しました。さらに、世代別や部署別の代表者を集めた座談会を実施し、本音での対話を通じて、施策への期待や懸念、具体的な困りごとなどを深く掘り下げました。この結果、「時間や場所を選ばずに参加したい(オンライン)」「運動よりも食生活や睡眠に関心がある」「心理的な安全性に関するテーマに関心がある」など、世代やライフスタイルによって異なる具体的なニーズや価値観が明らかになりました。
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施策の多様化とパーソナライズ可能な選択肢の提供: ヒアリング結果を踏まえ、従来のプッシュ型の施策に加え、従業員が自身のニーズに合わせて選択できるプル型の施策を大幅に拡充しました。具体的には、以下のような多様なコンテンツやプログラムを提供開始しました。
- オンラインフィットネス/ヨガ: 自宅や好きな場所で参加可能。
- 睡眠改善アプリ/サービス: 専門家監修のツールを提供。
- オンライン専門家相談: 栄養士、カウンセラー、フィナンシャルプランナー等にオンラインで相談できる窓口を設置。
- 短時間オンラインセミナー: 休憩時間や終業後に気軽に参加できる形式で、食生活、ストレスマネジメント、肩こり解消法など、実用的なテーマを提供。
- 社内コミュニティ支援: ランニング、登山、健康レシピ共有など、従業員主導の健康関連コミュニティ活動への補助金制度を導入。
- 「健康ポイント」制度: 健康診断受診、各種セミナー参加、運動記録などに応じてポイントを付与し、健康関連グッズや福利厚生施設利用券と交換できる仕組みを導入。
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コミュニケーション戦略の見直し: 施策の情報提供方法やメッセージングを改善しました。イントラネットのトップページで様々な施策を一覧できるようにし、各施策の「なぜ取り組むと良いのか」「どんなメリットがあるのか」を、世代ごとの関心に合わせた表現で具体的に説明しました。例えば、若手向けには「集中力アップ」「メンタルタフネス」「将来への自己投資」といったキーワードを強調し、ベテラン向けには「安心して長く働く」「医療費削減」「家族の安心」といったキーワードを用いるなどの工夫を凝らしました。また、社内で健康経営を実践し、活き活きと働く従業員を「健康インフルエンサー」として紹介する記事や動画を制作し、共感を呼ぶアプローチを試みました。
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管理職の巻き込みと役割強化: 管理職向けに、部下のウェルビーイングを支援することの重要性や、具体的なコミュニケーション方法に関する研修を実施しました。部下との1on1ミーティングで、キャリアや業務だけでなく、心身の健康状態や働きがいについても自然に話せる雰囲気作りを促しました。また、管理職自身が率先して健康施策に参加し、その経験を語ることも推奨しました。
結果・効果:意識の変化と自律的な取り組みの促進
これらの施策の結果、A社では以下のような変化が見られました。
- 施策参加率の向上と多様化: 特に若手層におけるオンラインセミナーや睡眠改善アプリの利用率が顕著に増加しました。ウォーキングイベントのような従来型の施策への参加者も維持されつつ、全体として幅広い世代が様々な施策にアクセスするようになりました。
- 健康・ウェルビーイングへの意識向上: 従業員アンケートにおいて、「自身の健康に関心を持つようになった」「会社が自分たちの健康を気遣ってくれていると感じる」といった肯定的な回答が増加しました。
- 社内コミュニケーションの活性化: 健康ポイント制度を通じて共通の話題が増えたり、社内コミュニティ活動が活発になったりするなど、部署や世代を超えた非公式なコミュニケーションが活性化しました。
- エンゲージメントへの好影響: 直接的な因果関係の特定は難しいものの、施策開始後に実施したエンゲージメントサーベイにおいて、「会社に大切にされていると感じる」「働きがいがある」といった項目でスコアが向上する傾向が見られました。
これらの効果は、単に健康施策を「提供」するのではなく、従業員の多様な「ニーズ」を把握し、それに「応える」形で選択肢を提供し、適切な「コミュニケーション」を通じて「自律的な取り組み」を促すアプローチが、世代間ギャップを乗り越える上で有効であることを示しています。
事例から得られる学び・示唆
A社の事例から、健康経営・ウェルビーイング施策における世代間ギャップ解消のために、人事企画部が参考にできる学びは以下の通りです。
- 一律ではなく「多様性」を前提とする: 従業員の健康やウェルビーイングに対する関心、価値観、ライフスタイルは多様であることを前提とし、画一的な施策ではなく、多様なニーズに応えられる選択肢を用意することが重要です。
- ニーズの丁寧な「掘り起こし」: 従業員が何を求め、何に抵抗を感じるのかを、アンケートや対話を通じて深く理解することが、効果的な施策立案の出発点となります。特に、声の小さい層や特定の世代に偏らず、広く意見を収集する工夫が必要です。
- 伝わる「コミュニケーション」設計: 施策の意義やメリットを伝える際に、世代ごとの価値観や関心事に合わせたメッセージングを行うことで、より多くの従業員に響く可能性が高まります。一方的な通知ではなく、共感を呼ぶストーリーテリングやインフルエンサー活用も有効です。
- 「自律性」と「選択」の尊重: 会社が一方的に「やらせる」のではなく、従業員自身が「選び」「取り組む」ことができる仕組みを提供することで、主体性と継続性が生まれます。
- 「管理職」の役割の明確化と支援: 管理職が部下のウェルビーイングに関心を持ち、適切なサポートを提供できるかどうかが、施策の浸透に大きく影響します。管理職への教育やサポート体制の構築は不可欠です。
まとめ:多世代共創の基盤としてのウェルビーイング施策
健康経営やウェルビーイングへの取り組みは、単なる従業員支援策に留まらず、多様な世代が互いを尊重し、それぞれの能力を最大限に発揮できる組織文化を醸成するための重要な基盤となり得ます。世代間における意識や関心のギャップは自然なものであり、それを課題として認識し、従業員一人ひとりの声に耳を傾け、多様なニーズに応える柔軟なアプローチを継続することで、組織全体の活性化と持続的な成長を実現できるでしょう。
A社の事例は、健康・ウェルビーイングという切り口から、多様な世代が「自分ごと」として捉え、主体的に関われる環境をいかに作るかが、世代間ギャップ解消のカギとなることを示しています。自社の状況を鑑みながら、従業員のウェルビーイング向上に向けた施策を見直し、世代を超えた共創を促進する一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。