目標設定プロセスにおける世代間ギャップ解消事例:納得感を高める対話と仕組みづくり
目標設定における世代間ギャップが組織にもたらす影響
組織における目標設定プロセスは、個人の業務遂行の方向性を示すだけでなく、評価や育成、ひいては組織全体の成果達成に不可欠な要素です。しかし、この目標設定プロセスにおいて、世代間で意識や期待にギャップが生じることがあります。
例えば、目標の具体性や定量的・定性的な基準に対する考え方、目標達成に向けた進捗管理の頻度や方法、そして目標設定が自身のキャリアや評価にどう紐づくのか、といった点において、世代ごとに異なる価値観やこれまでの経験に基づく認識のずれが見られることがあります。
このような目標設定における世代間ギャップは、以下のような組織課題につながる可能性があります。
- 目標に対するメンバーのエンゲージメント低下
- 評価への納得感の欠如と不公平感
- 上司と部下間のコミュニケーション不足や齟齬
- 期初に設定した目標の形骸化
- 組織全体の目標達成力の低下
人事企画部のマネージャー層にとって、こうしたギャップを理解し、多世代の従業員が納得感を持って目標設定・追跡に取り組める環境を整備することは、組織の活性化やパフォーマンス向上に向けた重要な課題と言えます。本稿では、ある企業における目標設定プロセスの世代間ギャップを解消し、組織全体のパフォーマンス向上に繋げた事例をご紹介します。
事例:目標設定への認識ギャップを解消したA社
A社は、製造業における長年の経験を持つベテラン社員と、中途入社や新卒で入社した比較的若い世代の社員が混在する組織です。近年、新規事業への積極的な投資と、市場環境の変化に対応するための組織変革を進めていました。
こうした状況下で、人事部門には「目標設定の仕方が分からない」「目標が曖昧で何をすれば良いか不明確」「目標に対するフィードバックが少なく、自分の成果が正しく評価されているか不安」といった、特に若手社員からの声が多く寄せられるようになりました。一方、ベテラン社員からは「目標は言われなくても自分で立てるものだ」「プロセスより結果が重要だ」といった、過去の経験に基づいた考え方が根強く見られました。
この世代間の認識ギャップにより、目標設定シートの提出遅延、設定された目標の質的なばらつき、そして目標達成に向けた主体性の欠如といった問題が発生していました。これは、組織全体の目標達成に遅れを生じさせる要因となっていました。
具体的な施策・取り組み
A社人事部は、この状況を改善するため、以下の施策を段階的に導入しました。
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目標設定ガイドラインの再構築と研修:
- 単に「目標を設定する」という行為の目的を、「個人の成長と組織貢献の結びつきを明確にする」「期中の対話を促進する土台とする」と再定義しました。
- SMART原則など、目標の具体性、測定可能性、達成可能性などを意識した目標設定の方法論を、具体的な業務事例を交えて分かりやすく解説する研修を実施しました。ベテラン層向けには、自身の経験を言語化し、若手にも伝わる目標設定の視点を取り入れる内容を盛り込みました。
- 全社員向けに、ウェブサイトとハンドブック形式で、目標設定の意義、プロセス、良い目標の例、悪い目標の例などを掲載したガイドラインを公開しました。
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1on1ミーティングの強化と目的の明確化:
- 目標設定時だけでなく、期中も定期的に上司と部下で1on1ミーティングを実施することを必須としました。
- 1on1の主な目的を、「目標の進捗確認」「目標達成に向けた課題の特定と解決策の検討」「キャリアに関する対話」「相互理解の促進」と明確に定義し、管理職向けの研修を実施しました。
- 特に目標設定の期間中は、目標のすり合わせ、期待値の共有、具体的な行動計画への落とし込みに時間をかけるよう推奨しました。
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目標管理ツールの導入と活用促進:
- 目標設定、進捗入力、1on1の記録、フィードバックを一つのプラットフォームで管理できるクラウド型の目標管理ツールを導入しました。
- ツールの利用方法に関する全社研修に加え、管理職向けにはメンバーの目標設定・進捗状況を把握し、効果的なフィードバックを行うための活用法に焦点を当てた研修を行いました。
- 目標と進捗状況を可視化することで、メンバー自身が自身の状況を把握しやすくなり、また管理職もタイムリーなサポートやフィードバックを提供できるよう促しました。
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多角的なフィードバックと評価基準の透明化:
- 期末評価だけでなく、期中にも上司からのフィードバックを推奨しました。ツールを活用し、目標に対する定性的なフィードバックを蓄積できるようにしました。
- 評価基準についても、個人の目標達成度だけでなく、プロセスへの貢献やチームワークなども考慮する多角的な視点を取り入れ、評価シートや評価者研修を通じて透明性を高めました。
結果と効果
これらの施策を継続的に実施した結果、A社では以下のような効果が見られました。
- 目標設定の質の向上: 目標設定シートの内容が具体的になり、業務との関連性が明確になったという声が増加しました。特に若手社員において、自身が何を期待されているのかが理解できた、という回答が増えました。
- 目標達成に向けたエンゲージメント向上: 目標設定の目的が腹落ちし、期中の対話が増えたことで、目標達成に向けたモチベーションが向上しました。ツールによる進捗の可視化も、主体的な取り組みを促す要因となりました。
- 評価への納得感向上: 1on1での期中フィードバックが増え、評価基準の透明性が高まったことで、期末評価に対する納得感が高まりました。不公平感に関する従業員アンケートの数値が改善傾向を示しました。
- 管理職とメンバー間の関係性強化: 定期的な1on1を通じて、管理職とメンバー間の信頼関係が深まり、世代間のコミュニケーションギャップが緩和されました。
もちろん、全ての課題が完全に解消されたわけではありませんが、これらの施策は目標設定プロセスにおける世代間ギャップを縮小し、組織全体のパフォーマンスと従業員エンゲージメントの向上に貢献する有効なアプローチとなりました。
事例から得られる学び・示唆
A社の事例からは、目標設定プロセスにおける世代間ギャップ解消に向けた重要な学びが得られます。
- 「対話」の機会と質の確保: 目標設定は単なる事務手続きではなく、上司と部下が相互理解を深め、期待値をすり合わせる「対話」のプロセスであることを再認識することが重要です。特に、1on1ミーティングを形式的なものにせず、目標に関する質の高い対話の場として機能させることが鍵となります。
- 「目的」と「方法論」の共有: なぜ目標を設定するのか、その目的を全社員、特に若い世代に丁寧に伝えることが必要です。また、良い目標とは何か、どうすれば設定できるのかといった具体的な方法論を、世代ごとの理解度に合わせて繰り返し伝える研修やガイドラインが有効です。
- 「透明性」と「可視化」による納得感向上: 目標管理ツールなどを活用し、目標、進捗、フィードバックを可視化・共有することで、プロセスの透明性を高め、従業員の納得感を醸成します。評価基準についても、明確かつ多角的な視点を示すことで、不公平感の解消につながります。
- 「仕組み」と「文化」の両面からのアプローチ: ツール導入や制度設計といった「仕組み」だけでなく、管理職の意識改革や、目標設定・フィードバックを重視する「文化」を醸成するための継続的な取り組みが不可欠です。
人事企画部の皆様は、自社の目標設定プロセスにおいて、どのような世代間ギャップが存在するかを改めて分析し、本事例を参考にしながら、対話、目的・方法論の共有、透明性・可視化、そして仕組みと文化の両面からのアプローチを検討されてはいかがでしょうか。
まとめ
目標設定プロセスにおける世代間ギャップは、組織のパフォーマンスや従業員エンゲージメントに大きな影響を与える可能性があります。A社の事例は、ガイドラインの再構築、1on1の強化、ツール導入、評価基準の透明化といった多角的な施策を通じて、このギャップを乗り越え、納得感と主体性を高めることに成功した事例として参考になります。
目標設定を単なるノルマ管理ではなく、個人の成長と組織貢献を結びつけ、多世代が納得して取り組める機会とするためには、継続的な対話と仕組みづくりが不可欠です。本稿が、皆様の組織における世代間ギャップ解消に向けた取り組みの一助となれば幸いです。