世代間報酬期待ギャップを乗り越える:公平性と納得感を両立するインセンティブ制度改革事例
世代間報酬期待ギャップ解消に向けたインセンティブ制度改革
組織の持続的な成長と従業員のエンゲージメント向上には、公平かつ納得感のある報酬・インセンティブ制度が不可欠です。しかし、近年、働く世代によって報酬やインセンティブに対する価値観、期待するものが多様化しており、従来の制度では世代間の期待ギャップが生じやすくなっています。このギャップは、特に若手層のモチベーション低下や早期離職につながる可能性があり、人事企画部門にとって喫緊の課題となっています。
本記事では、このような世代間報酬期待ギャップの解消に取り組んだある企業の事例を通じて、公平性と納得感を両立させるためのインセンティブ制度改革のアプローチとその効果、そこから得られる学びをご紹介します。
事例:期待ギャップが顕在化した企業の背景と課題
製造業を営むA社は、長年にわたり安定した経営を続けてきましたが、近年、中堅・ベテラン層と若手層の間で、仕事への貢献や成果に対する報酬・インセンティブへの期待に大きなギャップが生じていました。
具体的には、以下のような課題が顕在化していました。
- 若手層の貢献意欲低下: 成果を上げても年次や役職による報酬差が大きいため、早期のキャリアアップや成果に見合った報酬を期待する若手層のモチベーションが上がりにくい状況でした。
- ベテラン層の制度への不満: 過去の貢献が正当に評価されていないと感じるベテラン層からは、新しい評価制度への疑問の声が上がっていました。
- インセンティブの選択肢不足: 金銭的な報酬や特定の役職に就くこと以外の「働くことの対価」に対するニーズが多様化しているにも関わらず、インセンティブの選択肢が限定的でした。
- 評価基準の不透明感: 評価基準や報酬決定プロセスが一部の層にしか理解されておらず、特に若手層を中心に不公平感を抱く従業員が少なくありませんでした。
これらの課題は、全社的なエンゲージメントサーベイの結果や、離職面談でのコメントからも明らかになっており、組織の活力を削ぎ、将来的な人材育成・確保にも影響を及ぼしかねない状況でした。
世代間報酬期待ギャップ解消に向けた施策
A社の人事企画部門は、この課題に対し、以下のステップでインセンティブ制度の改革に取り組みました。
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現状把握と対話:
- 全社員を対象としたアンケートを実施し、報酬・インセンティブに対する期待、評価制度への意見、理想とする働き方など、世代別の価値観を詳細に分析しました。
- 各部署の代表者や様々な世代の従業員とのワークショップ、個別面談を実施し、数値データだけでは見えない現場のリアルな声や潜在的な不満、期待を深く掘り下げました。このプロセスを通じて、金銭報酬だけでなく、成長機会、キャリアパス、柔軟な働き方、ワークライフバランスなど、多様な要素が報酬として認識されていることが再確認されました。
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評価・報酬制度の見直し:
- 成果だけでなく、バリュー(A社が重視する行動指針)への貢献度や、他の従業員へのポジティブな影響なども評価対象とする、多面的な評価制度を設計しました。
- 短期的な成果だけでなく、中長期的な組織貢献や、新しいスキル習得・能力開発も評価に反映させる仕組みを導入しました。
- 年次や勤続年数といった要素の影響を緩和し、個々の役割や貢献度をより直接的に報酬に反映させる等級・報酬テーブルの見直しを行いました。
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インセンティブの多角化:
- 従来の金銭報酬(賞与や昇給)に加え、非金銭的インセンティブの選択肢を増やしました。具体的には、研修費用支援、資格取得支援、リモートワーク手当、特別休暇制度、社内表彰制度における感謝の文化醸成、プロジェクトリーダーへの抜擢機会提供などを拡充しました。
- 従業員が自身のキャリアやライフスタイルに合わせて、一部のインセンティブを選択できる「カフェテリア型インセンティブ」の要素も試験的に導入しました。
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コミュニケーションと透明性の向上:
- 新しい評価・報酬制度について、全社員向けの説明会を繰り返し実施し、制度の目的、評価基準、報酬決定プロセスについて丁寧な説明を行いました。
- 評価者(マネージャー層)向けには、部下との評価面談やフィードバックに関する研修を強化し、制度に基づいた公正な評価と、従業員の納得感を高める対話スキルを向上させました。
- 個人別の評価結果や報酬決定の根拠について、従業員が理解できるような情報開示を可能な範囲で行い、透明性の向上に努めました。
施策の効果と結果
これらの施策を導入した結果、A社では以下のようなポジティブな変化が見られました。
- エンゲージメントの向上: 特に若手層において、自身の貢献が正当に評価され、キャリア形成の機会も提供されていると感じる従業員が増加しました。エンゲージメントサーベイの結果でも、報酬・評価に対する満足度が向上しました。
- 目標達成意欲の向上: 成果やバリューへの貢献がよりダイレクトに評価・インセンティブに繋がることで、従業員全体の目標達成に対する意欲が高まりました。
- 離職率の低下: 若手層の離職率が、施策導入前に比べて有意に低下しました。特に、早期離職の抑制に効果が見られました。
- 組織文化の変化: 個人の貢献を認め合い、多様な働き方や価値観を尊重する組織文化が醸成されつつあります。インセンティブの多角化により、様々な形で会社に貢献することが奨励されるようになりました。
もちろん、制度改革は一度行えば終わりではありません。A社では、導入後も定期的に従業員の声を収集し、制度が期待通りに機能しているか、新たな課題は生じていないかを継続的にモニタリングし、必要に応じて改善を続けています。
事例から得られる学び
A社の事例から、世代間報酬期待ギャップの解消に向けて、以下の点が重要であることが示唆されます。
- 多様な価値観の理解: 報酬やインセンティブに対する期待は、世代だけでなく個人のキャリア観やライフスタイルによっても異なります。画一的な制度設計ではなく、従業員の多様な価値観を深く理解するための丁寧な調査や対話が、改革の第一歩となります。
- 金銭以外のインセンティブの重要性: 特に若い世代は、金銭報酬だけでなく、成長機会、挑戦できる環境、ワークライフバランス、貢献実感など、非金銭的な要素も「報酬」として重視する傾向があります。これらの要素をインセンティブとして設計し、選択肢を増やすことが、多様なニーズに応える鍵となります。
- 評価・報酬プロセスの透明化と対話: どのような基準で評価され、どのように報酬が決定されるのかが不明瞭であると、不公平感や不信感につながりやすくなります。制度の設計だけでなく、その運用における透明性の向上と、評価者・被評価者間の丁寧なフィードバックや対話の機会を確保することが極めて重要です。マネージャー層への適切な研修は不可欠でしょう。
- 継続的な見直しと改善: 働く人々の価値観や外部環境は常に変化します。一度制度を改定しただけで満足せず、定期的な効果測定と従業員の声を反映させた継続的な見直しが、制度を陳腐化させないために必要です。
まとめ
世代間報酬期待ギャップは、多くの組織で生じうる課題です。A社の事例は、この課題に対し、従業員の多様な価値観を理解し、評価・報酬制度を多角化・透明化し、丁寧なコミュニケーションを徹底することで、公平性と納得感を両立させることが可能であることを示しています。
自社において世代間報酬期待ギャップに起因すると思われる課題に直面している場合は、本事例を参考に、まずは従業員の声を丁寧に聴くことから始め、多角的な視点での制度設計と、それを支えるコミュニケーションプロセスの構築を検討されてはいかがでしょうか。従業員一人ひとりが自身の貢献に見合った適切な評価と報酬を受け取っていると感じられる環境づくりは、組織全体のエンゲージメントを高め、持続的な成長を実現するための重要な施策と言えるでしょう。