世代間ギャップを解消する社内表彰制度:多角的な評価と透明性の向上事例
社内表彰制度における世代間ギャップとその影響
組織において、社員のモチベーション向上や貢献意欲の醸成に寄与する社内表彰制度は重要な施策の一つです。しかし、近年、世代によって表彰に対する価値観や期待が多様化しており、従来の制度が機能不全に陥るケースが見受けられます。
特定の世代にとっては名誉や金銭的報酬が大きなモチベーションとなる一方で、別の世代にとってはプロセスや挑戦への承認、あるいは非金銭的な評価や社内での評判がより重要であるなど、期待する「評価」の形が異なることがあります。こうした世代間の意識ギャップは、制度が一部の社員にしか響かず、かえって不公平感や形骸化を招く要因となりかねません。結果として、制度本来の目的である組織全体のエンゲージメント向上や一体感の醸成が難しくなるという課題に直面する組織が増えています。
この課題に対し、世代間のギャップを乗り越え、より多くの社員にとって意味のある制度へと再設計した企業の事例をご紹介します。
事例:伝統的な製造業における社内表彰制度の改革
ある伝統的な製造業A社では、長年にわたり業績目標の達成度合いに基づいた個人およびチームの表彰制度を運用してきました。しかし、近年入社する若手社員を中心に、制度への関心が薄く、一部では「古臭い」「形式的」といった声が聞かれるようになっていました。また、中堅・ベテラン社員の間でも、特定の成果が出にくい部署や間接部門の貢献が評価されにくいことへの不満が燻っており、制度が組織全体のモチベーション向上に繋がっているとは言い難い状況でした。エンゲージメントサーベイにおいても、「自身の貢献が正当に評価されているか」という項目で、特に若手層と特定の部門で低い傾向が見られました。
人事企画部はこの状況を改善するため、社内表彰制度の見直しに着手しました。
多世代の声を取り入れた制度再設計のプロセス
A社が行った主な取り組みは以下の通りです。
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全社員向け意識調査とヒアリング: 匿名でのアンケートを実施し、社員が「どのような行動や成果が評価されるべきと考えるか」「どのような形で評価されたいか」について、率直な意見を収集しました。また、世代や職種の異なる社員への個別ヒアリングも行い、従来の制度に対する具体的な意見や改善提案を深く掘り下げました。この過程で、若手からは「新しい試みや失敗からの学びも評価してほしい」「役員の前での大々的な表彰より、部署内や関係者間での承認が嬉しい」といった声が、ベテランからは「個人の成果だけでなく、若手の育成やチームへの貢献をもっと見てほしい」といった声が多く寄せられました。
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多世代ワーキンググループの設置: アンケートとヒアリング結果に基づき、20代から50代まで、様々な部署の社員で構成されるワーキンググループを発足させました。このグループで、表彰する対象(成果、プロセス、貢献など)、評価基準、表彰形式、選考プロセスなど、制度の根幹に関わる議論を行いました。異なる世代の視点を取り入れることで、特定の価値観に偏らない、多角的な評価のあり方が検討されました。
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評価基準の多様化と明確化: 従来の業績目標達成に加えて、「新しい技術や改善提案への挑戦」「チーム内の協力やナレッジ共有への貢献」「後進育成やメンタリング」「企業文化の体現」など、多角的な評価項目を新設しました。それぞれの項目について、具体的な行動指針や評価の観点を明確に言語化し、全社員に公開しました。これにより、「何をすれば評価されるのか」が分かりやすくなり、特定の層や部門だけでなく、多様な貢献が可視化される仕組みを目指しました。
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表彰形式の柔軟化: 従来の全社的な表彰式典に加え、部署単位やプロジェクト単位での小規模な表彰、社内SNSでの貢献者紹介、特定のスキルアップ研修への参加権付与など、様々な形式の表彰を導入しました。これにより、大々的な場で目立つことを好まない社員でも、自分にとって価値を感じる形で承認を得られる選択肢が増えました。
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選考プロセスの透明性向上: 評価基準を公開するとともに、社員同士が互いの貢献を推薦できる制度を導入しました。これにより、評価者だけでなく、日頃から一緒に働く同僚からの視点も選考に反映されるようになり、公平性・納得感が高まりました。また、最終的な選考プロセスの一部を公開することで、制度全体の透明性を向上させました。
施策導入後の変化と効果
これらの改革の結果、A社の社内表彰制度は劇的な変化を遂げました。
- 制度への関心・応募者数の増加: 特に若手社員からの関心が高まり、多様な評価項目への応募が増加しました。
- 受賞者の多様化: 従来の営業部門や製造部門の成果達成者だけでなく、研究開発部門からの技術提案者、情報システム部門からの業務効率化貢献者、若手社員の新しい挑戦への奨励などが受賞対象となり、組織全体の多様な貢献が可視化されるようになりました。
- ポジティブな組織文化の醸成: 互いの貢献を認め合い、称賛する文化が醸成され始めました。「挑戦が評価される」「新しい取り組みを応援する」といった肯定的なメッセージが組織内に浸透しました。
- エンゲージメントの改善: エンゲージメントサーベイの「自身の貢献が正当に評価されているか」という項目で、全社的にスコアが向上しました。特に若手層からの評価改善が顕著でした。
事例から得られる学びと示唆
この事例から、人事企画部の皆様が自社の制度を見直す上で得られる学びは複数あります。
- 現状の正確な把握: まず、社員が現在の表彰制度に対し、どのような期待や不満を持っているのかを、世代や立場を問わず正確に把握することが改革の出発点となります。アンケートや丁寧なヒアリングは不可欠です。
- 「評価されるべきこと」の再定義: 従来の画一的な評価基準ではなく、多様な働き方や貢献の形が存在することを踏まえ、「組織として何を価値とし、評価するのか」を多世代の視点を取り入れて再定義する柔軟性が求められます。業績目標達成だけでなく、プロセス、挑戦、貢献、育成など、評価対象を広げることが有効です。
- 評価の「形」の多様化: 金銭報酬や役員からの表彰といった伝統的な形だけでなく、個人の嗜好や価値観に合わせた多様な表彰形式(特別休暇、研修機会、プロジェクト参加権、社内SNSでの紹介、ピアボーナスなど)を用意することで、より多くの社員に「自分ごと」として捉えてもらいやすくなります。
- 透明性と納得感の追求: 評価基準や選考プロセスを明確にし、可能な範囲で透明性を高めることで、制度への信頼性が向上します。社員が「なぜあの人が選ばれたのか」「どうすれば評価されるのか」を理解できることは、公平感とモチベーション維持に繋がります。
- 制度は文化醸成のツール: 表彰制度を単なるインセンティブやセレモニーとしてではなく、「どのような行動や価値観を組織として奨励するのか」というメッセージを発信する重要な文化醸成ツールとして位置づける視点が重要です。
まとめ
社内表彰制度における世代間ギャップは、制度の効果を限定し、組織エンゲージメントの低下を招く可能性があります。しかし、本事例のように、多世代の声に耳を傾け、評価基準や形式、プロセスを柔軟に見直すことで、従来の制度を刷新し、多様な社員の貢献を可視化し、組織全体のモチベーションと一体感を高めることが可能です。
自社の表彰制度が、一部の社員にしか響いていない、あるいは形骸化していると感じられる場合、世代間の意識ギャップが背景にあるかもしれません。社員の多様な価値観を理解し、制度に反映させる取り組みは、より多くの社員にとって働きがいのある環境を整備するために、今、求められています。