柔軟な働き方への期待ギャップ解消事例:ハイブリッドワーク制度設計と運用
はじめに
現代のビジネス環境において、多様な働き方の導入は組織の生産性向上や従業員満足度向上に不可欠な要素となっています。しかし、リモートワークやハイブリッドワークといった柔軟な働き方に対する期待や適応度には、世代間で違いが見られることがあります。これにより、組織内で新たなギャップや課題が生じ、かえってエンゲージメントやチームワークの低下を招く可能性も指摘されています。
本記事では、このような「柔軟な働き方への期待ギャップ」を解消し、ハイブリッドワークを成功させたある企業の事例を紹介します。この事例から、人事企画担当者が自社の制度設計や運用を検討する上で参考となる実践的な学びを探ります。
事例企業の背景と課題
本事例の企業は、従業員数約500名のサービス業を営むA社です。A社では、コロナ禍を機に全社的にリモートワークを導入しました。当初は一時的な措置と考えていましたが、多くの従業員から継続を望む声が上がったため、本格的なハイブリッドワーク制度への移行を検討していました。
しかし、その過程で世代間における働き方への意識の違いが顕在化しました。
- 若手・中堅層: リモートワークによるワークライフバランスの向上や、通勤時間削減による効率化を強く支持し、より高い頻度でのリモートワークを希望。オフィスは主に交流や特定の作業のために利用したいと考えていました。
- ベテラン層: オフィスでの対面コミュニケーションや紙媒体での情報共有に慣れており、リモートワークでは円滑な業務遂行や部下指導に支障が出ると感じていました。また、オフィスに出社すること自体に安心感や帰属意識を感じる層も少なくありませんでした。
こうした意識のギャップは、制度設計に関する議論において意見の対立を生み、一部のチームではリモートワーク頻度を巡る不公平感や、オフィス出社者とリモートワーク者間での情報格差といった問題を引き起こしていました。人事企画部は、全従業員が納得し、生産性を維持・向上できるハイブリッドワーク制度をいかに構築・運用するかに大きな課題を抱えていました。
講じられた具体的な施策と取り組み
A社の人事企画部は、世代間の期待ギャップを解消し、円滑なハイブリッドワークへの移行を実現するために、以下の施策に取り組みました。
- 多世代参加型の制度設計プロジェクト: 制度設計の初期段階から、各世代、各部署の代表者を集めた横断的なプロジェクトチームを立ち上げました。ワークショップ形式でそれぞれの働き方への要望、不安、課題を共有し、相互理解を深める機会を設けました。これにより、一方的な押し付けではなく、多様な意見を取り入れた制度の骨子を形成しました。
- 「目的別オフィス利用」のコンセプト導入: オフィスの役割を「集まる場所」から「目的を持って利用する場所」へと再定義しました。チームビルディング、対面でのブレインストーミング、特定の機密性の高い作業など、オフィスでなければ難しい活動を明確化し、出社頻度だけでなく、出社の「質」を高めることに注力しました。
- 柔軟な「チームルール」設定の推奨とガイドライン提供: 全社一律のルールではなく、各チームの業務内容やメンバー構成に合わせて、週の出社日数やコアタイム、オンライン・オフライン会議の使い分けなどに関する「チームルール」を自律的に設定することを推奨しました。人事部は、そのためのガイドラインや話し合いのフレームワークを提供し、チーム内での納得形成を支援しました。
- デジタルツールの活用促進とリテラシー向上支援: リモートワーク環境での情報共有やコミュニケーションを円滑にするため、チャットツール、Web会議システム、クラウドストレージなどの利用ルールの統一と、全従業員向けの利用研修を徹底しました。特にデジタルツールに不慣れな層に対しては、個別サポートやeラーニング教材を提供しました。
- マネージャー向け「ハイブリッドマネジメント研修」の実施: リモートと出社が混在する環境下でのチームマネジメントの難しさを考慮し、人事部はマネージャー向けに特化した研修を実施しました。メンバーの状況把握、適切な目標設定と評価、オンラインでの効果的なコミュニケーション手法、不公平感の解消に向けた配慮など、実践的なスキル習得を支援しました。
施策の結果と効果
これらの施策の結果、A社ではハイブリッドワークへの円滑な移行が進み、以下のような効果が見られました。
- 世代間の相互理解の促進: 制度設計プロセスに多様な声を取り入れたことで、異なる働き方への価値観や課題に対する理解が深まりました。
- 従業員満足度の向上: 各自の状況や業務内容に合わせて柔軟な働き方を選択できるようになったことで、従業員全体の満足度が向上しました。特に、若手層のワークライフバランスへの期待と、ベテラン層のオフィスでの対面ニーズが一定程度満たされる形となりました。
- チームワークの維持・向上: チームごとのルール設定や目的別オフィス利用により、リモートと出社のバランスが最適化され、チーム内のコミュニケーションや協力関係が維持・向上されました。
- 不公平感の軽減: 全社一律ではないチームごとのルール設定と、マネージャーの適切な配慮により、「なぜあのチームはリモートが多いのに、うちは出社ばかりなのか」といった不公平感が軽減されました。
- 生産性の維持: デジタルツールの活用とマネジメント研修の効果もあり、働き方が変化しても業務生産性は維持・向上される傾向が見られました。
事例から得られる学び
このA社の事例から、柔軟な働き方に関する世代間ギャップを解消し、制度を成功させるための重要な学びがいくつか得られます。
- トップダウンだけでは不十分:多様な意見を取り入れるプロセス設計: 制度設計において、現場の多様な声、特に異なる世代の意見を収集し、反映させる仕組みを持つことが極めて重要です。一方的に決定された制度は、反発や不満を生みやすく、定着が進まない可能性があります。
- 「なぜそうしたいのか」の共有による相互理解: 単に「リモートで働きたい」「オフィスに来てほしい」という要望だけでなく、それぞれの働き方に対する「なぜ」を共有することが、世代間の相互理解を深める鍵となります。ワークショップや対話の機会を意図的に設けることが効果的です。
- 柔軟性と自律性を担保するフレームワーク: 全社一律の厳格なルールではなく、一定のガイドラインの中で各チームや個人がある程度の自律性を持って働き方を調整できる柔軟なフレームワークを提供することが、多様なニーズに応えるためには有効です。
- デジタルリテラシーとマネジメントスキルの底上げ: 柔軟な働き方を支えるためには、従業員全体のデジタルツールの活用能力向上と、ハイブリッド環境下でのマネジメントスキル強化が不可欠です。これらは制度と並行して計画的に取り組むべき施策です。
- 継続的な対話と見直し: 働き方に関する制度は、一度導入して終わりではなく、従業員の状況や社会情勢の変化に合わせて継続的に見直し、改善していく必要があります。定期的なアンケートや対話を通じて、現場の声を吸い上げる仕組みを維持することが重要です。
まとめ
柔軟な働き方に関する世代間ギャップは、多くの組織が直面しうる課題です。A社の事例が示すように、このギャップを乗り越えるためには、一方的な制度導入ではなく、多様なステークホルダーを巻き込んだ対話と協働による制度設計、目的意識を持ったオフィス活用、チームの自律性を尊重するルール設定、そしてそれを支えるデジタル環境とマネジメント能力の向上が鍵となります。
本記事が、人事企画担当者の皆様が自社の働き方制度を見直し、世代間のギャップを解消し、組織全体のエンゲージメントと生産性を高めるための一助となれば幸いです。