早期離職を防ぐ:オンボーディングにおける世代間期待ギャップ解消事例
オンボーディングにおける世代間期待ギャップとその影響
新入社員の定着と早期戦力化は、組織の持続的な成長にとって重要な課題です。特に、近年入社する若手社員と、彼らを迎え入れる既存社員(主にミドル・シニア世代)の間で、オンボーディングプロセスにおける期待値やコミュニケーションスタイルにギャップが生じやすく、これが早期離職の一因となることがあります。
新入社員は、入社前に抱いていた期待(働きがい、キャリアパス、職場環境、人間関係など)と、入社後の現実との間に違いを感じることがあります。一方、迎え入れる既存社員側にも、新入社員に対する期待(自律性、積極性、特定のスキルレベルなど)があり、それが満たされないと感じる場合に戸惑いが生じます。このような期待のミスマッチやコミュニケーションの齟齬が、世代間ギャップとして顕在化しやすいのがオンボーディングの現場です。
本記事では、このオンボーディングにおける世代間期待ギャップを解消し、早期離職率の改善に成功したある企業の事例をご紹介します。
事例企業の背景と課題
小売業を展開するA社では、過去数年にわたり、新卒入社社員の3年以内離職率が業界平均を上回る傾向にありました。特に、入社後6ヶ月から1年の間に離職するケースが多く見られました。
人事部が実施した離職者へのヒアリングや在籍者へのアンケート調査から、以下の課題が明らかになりました。
- 新入社員側の声:
- 「 OJT担当の先輩によって教え方がばらばらで混乱した。」
- 「何をどこまで質問して良いか分からず、一人で抱え込んでしまった。」
- 「期待していたキャリアパスが見えづらく、将来に不安を感じた。」
- 「上司や先輩との日常的なコミュニケーションが少なく、孤独を感じた。」
- 既存社員側の声:
- 「最近の新入社員は指示待ちで積極性がないように見える。」
- 「すぐに分からないことを聞いてくるので、自分で調べたり考えたりする力が低いのではと感じる。」
- 「キャリアアップへの意欲が見えづらい。」
- 「プライベートを優先しすぎる傾向がある。」
これらの声から、新入社員と既存社員の間で、「学び方・教え方」「コミュニケーションの頻度・スタイル」「キャリア形成への意識」「仕事への向き合い方」といった点において、顕著な期待ギャップが存在していることが確認されました。
実施された施策と取り組み
A社では、これらの課題を解消するため、オンボーディングプログラムの抜本的な見直しを実施しました。特に世代間ギャップに焦点を当て、以下の施策を導入しました。
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多世代参加型「期待値すり合わせワークショップ」:
- 新入社員と、彼らのOJT担当者や直属の上司、人事担当者が一堂に会し、お互いの「期待すること」「不安なこと」を共有するワークショップを実施しました。
- ワークショップでは、過去のオンボーディング事例(成功談・失敗談)を共有し、何がギャップを生むのかを具体的に話し合いました。
- 特に「報連相の適切な頻度とレベル」「質問する際の工夫」「フィードバックの受け止め方・伝え方」など、日常業務で発生しやすいコミュニケーションのすり合わせに時間をかけました。
- このワークショップは、新入社員が遠慮なく質問できる雰囲気を作り出し、既存社員が若手社員の考え方や価値観を理解する貴重な機会となりました。
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メンター制度の刷新と異世代ペアリングの推奨:
- 従来のOJT制度に加え、業務指導とは別に、組織文化やキャリア相談に乗るメンター制度を導入・強化しました。
- メンターには、新入社員とは異なる部署やチームの、多様な世代の社員をアサインすることを推奨しました。これにより、社内の幅広い人脈形成と、多角的な視点からのアドバイス機会を創出しました。
- メンター向けには、傾聴スキルや世代別コミュニケーションのポイントに関する研修を実施し、メンターの質向上を図りました。
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キャリアパスに関する情報提供の強化:
- 入社後のキャリアパスモデルや、社内公募制度、研修制度に関する情報を、より具体的に、かつアクセスしやすい形で提供するように見直しました。
- 定期的な上司・メンターとの面談の中で、新入社員自身のキャリア志向を確認し、それに応じたアドバイスや情報提供を行うプロセスを標準化しました。
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フィードバック文化の醸成:
- 一方的な指示や評価ではなく、双方向での対話を通じたフィードバックを推奨しました。
- 「ポジティブフィードバック」「改善点に関する建設的なフィードバック」の具体的な伝え方について、管理職やOJT担当者向けの研修を行いました。
- 新入社員にも、フィードバックを求めることの重要性や、受け止め方に関するガイダンスを実施しました。
結果と効果
これらの施策導入後、A社では以下のような効果が見られました。
- 新卒入社社員の3年以内離職率が約10%低下し、早期離職率も改善傾向となりました。
- 新入社員へのエンゲージメント調査において、「職場になじめているか」「困ったときに相談できる相手がいるか」といった項目で満足度が向上しました。
- 既存社員からは、「新入社員の考え方が理解できるようになった」「育成に対する意識が変わった」といった声が聞かれるようになりました。
- 部署間のコミュニケーションが活性化し、組織全体の相互理解が進むきっかけとなりました。
特に、多世代参加型の期待値すり合わせワークショップは、お互いの前提や価値観の違いを認識し、歩み寄る第一歩として非常に有効でした。また、メンター制度の刷新により、新入社員が業務上の悩みだけでなく、キャリアや人間関係の不安についても気軽に相談できる環境が整ったことが、早期離職防止に大きく貢献したと考えられます。
事例から得られる学び
この事例から、オンボーディングにおける世代間ギャップ解消には、以下の点が重要であることが示唆されます。
- ギャップの存在を認識し、可視化すること: 新入社員と既存社員、双方の立場からの声に耳を傾け、具体的にどのような点にギャップがあるのかを定量・定性的に把握することが出発点となります。
- 双方向のコミュニケーションと期待値のすり合わせ機会を設けること: 一方的な情報提供や指示だけでなく、お互いの考えや期待をオープンに話し合い、理解を深めるための仕組み(ワークショップや定期面談など)が不可欠です。
- 心理的安全性の高い相談環境を整備すること: 新入社員が安心して質問や相談ができる相手(OJT担当者、メンター、上司、人事など)を明確にし、彼らが相談しやすい雰囲気や関係性を構築することが、孤立を防ぎ、早期離職を抑制します。
- キャリアや将来に対する不安を軽減する情報提供とサポート: 特に若手社員が重視するキャリア形成について、具体的な情報提供や相談機会を設けることで、入社後のエンゲージメント維持につながります。
オンボーディングは、新入社員が組織の一員としてスムーズに定着し、能力を発揮するための重要なプロセスです。ここに潜む世代間ギャップに適切に対処することは、早期離職を防ぎ、組織全体の活力を高める上で、人事部門が主導的に取り組むべき課題と言えるでしょう。本事例が、皆様の組織におけるオンボーディング施策見直しの一助となれば幸いです。