多様性尊重意識の世代間ギャップ解消:対話と教育による風土醸成事例
多様性尊重意識の世代間ギャップを乗り越えるには
現代組織において、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進は不可欠な経営課題となっています。しかし、多様なバックグラウンドを持つ人材が共存する中で、特に世代間に起因する意識や価値観のギャップが、ハラスメントリスクの温床となったり、心理的安全性を損なったりする事例が散見されます。本記事では、多様性尊重に関する世代間ギャップに組織としてどのように向き合い、解消していくかについて、ある企業の取り組み事例を通して考察します。
事例:多世代が混在する部署におけるD&I認識の摩擦
あるサービス業のA社では、全社でD&I推進を強化する方針を打ち出し、管理職研修やハラスメント防止研修を実施しました。しかし、現場レベルでは、特に多世代が混在する特定の部署で、社員間の微妙な摩擦が解消されないという課題が残りました。
具体的には、比較的年齢の高い世代の社員にとっては当たり前であった冗談や声かけが、若い世代の社員にとっては「マイクロアグレッション(無意識の差別的な言動)」として不快に感じられたり、特定の属性に関する配慮不足と受け取られたりすることがありました。また、ハラスメントの定義や線引きについても世代間で認識のズレがあり、「これまで問題なかったのに、なぜ急に厳しくなったのか」といったベテラン層の戸惑いや、「あの言動はハラスメントではないか」といった若年層の不信感が募り、部署内のコミュニケーションや心理的安全性が低下する状況が見られました。
人事部がヒアリングを行った結果、これは個人の悪意によるものではなく、主に育ってきた社会環境や過去の職務経験、情報接触の違いに起因する「無意識のバイアス」や「価値観のギャップ」が原因であることが分かりました。既存の研修だけでは、法規制や明らかなハラスメント行為に関する知識は共有できても、日々の言動や価値観の根底にある意識のズレを解消するには至らなかったのです。
取り組み:対話と参加型教育による意識のすり合わせ
A社の人事部と部署マネージャーは、この状況を改善するため、以下の施策を複合的に実施しました。
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世代横断的な対話機会の創出:
- 部署内の全社員を対象とした、D&Iに関するワークショップを企画・実施しました。単なる講義ではなく、「職場で大切にしたいこと」「これまでの経験で嬉しかった・困った言動」「多様なメンバーと働く上で意識していること」といったテーマで、少人数のグループに分かれて互いの考えや感じ方を共有する時間を設けました。
- 部署マネージャー主導で、週に一度のチームミーティングの冒頭に、D&Iや働きがいに関する簡単な話題提供やチェックインを取り入れ、心理的安全性が高い状態でのオープンな対話を促しました。
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「無意識のバイアス」に焦点を当てた教育:
- 一般的なハラスメント防止研修に加え、「無意識のバイアスとは何か」「マイクロアグレッションの具体例」「なぜそれが問題になりうるのか」といった、より踏み込んだ内容の研修を実施しました。
- 特に、部署内で実際に起こりうるケーススタディを多く取り入れ、参加者が「自分ならどう感じるか」「どのような意図で言ったとしても、相手はどう受け取る可能性があるか」を具体的に考える参加型形式としました。
- 研修後も、関連するeラーニングコンテンツを社内プラットフォームで提供し、各自が継続的に学べる環境を整備しました。
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共通認識のためのガイドライン策定と周知:
- ワークショップでの対話や研修内容を踏まえ、部署内で特に意識したいコミュニケーションのガイドラインを、社員の意見も参考にしながら作成しました。これは規則集のようなものではなく、「相手へのリスペクトを忘れない」「意図を確認する勇気を持つ」といった、誰もが日々意識できる具体的な行動指針となるよう工夫しました。
- 作成したガイドラインは社内ポータルで共有し、定期的にチームミーティングで内容を確認する機会を設けました。
結果:相互理解の深化と心理的安全性の向上
これらの施策を実施した結果、部署内には以下のような変化が見られました。
- 相互理解の促進: 世代間で「当たり前」が異なることを互いに認識し、なぜ特定の言動が問題になりうるのか、その背景にある価値観や経験の違いを理解しようとする姿勢が生まれました。
- コミュニケーションの変化: 冗談の頻度が減る、相手の反応を見て声かけを調整するといった変化が見られたほか、もし相手の言動に疑問や不快感を持った場合でも、感情的にならずに「もしかしたらこういう意図でしたか?」「私は少し違うように感じました」と建設的に問いかけたり伝えたりするコミュニケーションが増加しました。
- 心理的安全性の向上: 特に若い世代やマイノリティ属性の社員から、「以前より安心して発言できるようになった」「自分の感じ方を素直に伝えられるようになった」といった声が寄せられました。
これらの変化は定量的なデータとして明確に示すことは難しい部分もありますが、部署内の雰囲気や社員のエンゲージメントサーベイの結果(チームワークや心理的安全性に関する項目)に改善の兆候が見られました。もちろん、意識や文化の変革は継続的な取り組みが必要であり、これで全てが解決したわけではありませんが、世代間ギャップに起因する認識の摩擦を軽減し、多様なメンバーがより働きやすい環境を築く上での重要な一歩となりました。
事例から得られる学び
本事例から、多様性尊重に関する世代間ギャップ解消や、それに伴うリスク(ハラスメント、心理的安全性低下など)低減のために、人事企画部が推進できる重要な学びがいくつかあります。
第一に、意識のギャップは悪意からではなく、異なる経験や社会背景から生まれる「無意識のバイアス」に起因することが多いという認識を持つことです。単に禁止事項を伝えるだけでなく、なぜその言動が問題になりうるのか、多様な他者はどう感じるのか、という背景や影響について、世代を超えて相互に理解を深める機会が不可欠です。
第二に、研修は知識提供として重要ですが、それを実効性のあるものにするためには「対話」と「参加型教育」を組み合わせるアプローチが有効であるということです。一方的な講義では、個人の内省や価値観の変容を促すのは難しい場合があります。ワークショップ形式で互いの経験を共有したり、具体的なケースについて多角的に検討したりすることで、自分自身の無意識のバイアスに気づき、行動変容につなげやすくなります。
第三に、経営層や管理職の継続的なコミットメントと、現場での地道な対話の積み重ねが欠かせないということです。D&I推進やハラスメント防止は、一過性の施策ではなく、組織文化として根付かせるべきものです。そのためには、トップの明確なメッセージ発信に加え、各部署のマネージャーが主体的にチーム内の対話を促進し、共通認識を醸成していく役割が非常に大きいといえます。
まとめ
世代間ギャップに起因する多様性尊重意識のズレは、多くの組織で潜在的な課題となっています。A社の事例が示すように、この課題に対し、表面的な知識付与にとどまらず、世代間の「無意識のバイアス」や価値観の違いに焦点を当てた対話と参加型教育を組み合わせたアプローチは有効な手段の一つです。
自社で多様な人材が活き活きと働き、生産性を高めていくためには、世代間の認識ギャップを無視せず、むしろ組織が成熟するための機会と捉え、相互理解を深めるための継続的な取り組みを設計・推進していくことが求められます。本事例が、貴社のD&I推進や組織文化醸成に向けた施策立案の一助となれば幸いです。