多様な時間意識を活かす勤怠・時間管理ギャップ解消事例
勤怠・時間管理に関する世代間意識ギャップへの課題認識
組織内における世代間ギャップは様々な側面で現れますが、特に勤怠や時間管理に対する意識の違いは、日々の業務遂行やチーム内の連携に影響を及ぼす可能性があります。特定の時間に出社し、終業時間まで働くことを重視する層と、与えられたタスクを期限内に完了させることを重視し、時間や場所に捉われない働き方を志向する層では、時間に対する基本的な価値観が異なる場合があります。
このような意識のギャップは、「なぜ時間通りに出社する必要があるのか」「なぜ残業が減らないのか」「なぜ気軽に有給が取得できるのか」といった相互への疑問や不満につながり、場合によっては規律の乱れやチームワークの低下を招くリスクも考えられます。本記事では、このような勤怠・時間管理に関する世代間ギャップに組織として向き合い、解消に向けた取り組みを行った企業の事例を紹介します。
事例企業の背景と直面した課題
製造業A社(従業員約500名)では、長年培われてきた「定時厳守」「時間イコール貢献」という働き方に対する価値観と、近年入社した社員に見られる「成果で評価されるべき」「効率的に働き、プライベートを充実させたい」という価値観の間で、目に見えない摩擦が生じていました。
具体的には、以下のような状況が見られました。
- 出退勤時間への意識: 定時直前の駆け込み出社や定時と同時に退社する若手社員に対し、ベテラン社員から「時間にルーズだ」「やる気がない」といった声が上がる。一方、若手社員からは「時間でなく、成果で評価してほしい」「無駄な残業が多い」といった不満が出る。
- 残業に対する考え方: ベテラン層は「仕事が終わるまで残るのは当然」「チームのために時間を惜しまない」と考える傾向にある一方、若手層は「効率化して時間内に終えるべき」「無駄な残業はしたくない」と考える傾向にある。これにより、業務分担や協力体制における軋轢が生じる。
- 有給休暇の取得: ベテラン層は病気や冠婚葬祭など、やむを得ない理由以外での有給取得に消極的な傾向がある一方、若手層は旅行や趣味など、計画的な有給取得を積極的に行う。この意識の違いが、互いの休暇取得に対する理解やサポート体制に影響を与える。
- 休憩時間の過ごし方: 短時間で集中して休憩を終えることを好む社員と、しっかりと時間を確保してリフレッシュしたい社員の間で、休憩スペースの利用ルールや雰囲気に対する認識が異なる。
これらの課題は、直接的な衝突には至らないものの、組織内の心理的安全性を損ない、エンゲージメントの低下や離職のリスクを高めている可能性が懸念されていました。
ギャップ解消に向けた具体的な施策
A社の人事企画部では、これらの状況を打開するため、以下の施策を段階的に実施しました。
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「時間」に対する価値観の可視化と対話の促進:
- 全社員を対象に、「働く時間」や「休憩時間」「残業」「有給休暇」に対する意識に関する匿名アンケートを実施。世代別の傾向や具体的な意見を収集しました。
- アンケート結果をもとに、各部署で小規模なワークショップを開催。世代を混ぜ合わせたグループで、「なぜ自分はそのように考えるのか」「相手の考えにはどのような背景があるのか」といったテーマで対話を行いました。ここでは、単なる意見交換に留まらず、互いの価値観の根底にある「仕事観」や「人生観」に触れることを意識しました。
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共通認識形成のためのルールと目標設定の見直し:
- ワークショップでの対話やアンケート結果を踏まえ、労使間で協議の上、勤怠・時間管理に関する基本的な考え方やルールを見直しました。特に、「時間ではなく、設定された目標達成とプロセスを評価すること」「効率的な時間管理は個人の責任であると同時に、組織としてサポートすべきこと」といった点を明確に打ち出しました。
- 目標設定プロセスにおいて、「期待される成果」だけでなく、「その成果を達成するための時間配分やアプローチ」についても話し合う機会を設け、個人とチーム全体の時間に対する共通認識を高めました。
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柔軟な働き方をサポートする制度・ツールの活用促進:
- すでに導入されていたフレックスタイム制度や時間単位有給休暇制度の利用を積極的に奨励しました。「時間を有効に使い、効率的に働くこと」を評価する文化を醸成するため、制度利用者が不利益を被らない仕組みを強化しました。
- 業務効率化に繋がるデジタルツールの活用研修を実施し、ツールの導入だけでなく、その活用方法や「なぜそのツールを使うのか」といった目的意識の共有に努めました。
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マネージャー層への意識改革研修:
- マネージャー層向けに、世代ごとの価値観の違いや、多様な時間意識を持つメンバーをどのようにマネジメントすべきかに関する研修を実施しました。マイクロマネジメントではなく、目標管理に基づいた信頼によるマネジメントへの転換を促しました。メンバーの時間感覚に寄り添いながら、建設的な対話を重ねるスキルを習得することを支援しました。
施策の結果とそこから得られる学び
これらの施策の結果、A社では以下のような変化が見られました。
- 相互理解の深化: ワークショップや対話を通じて、互いの時間に対する価値観の背景にある考え方を理解する機会が増え、「なぜそう行動するのか」という疑問が「そういう考え方もあるのか」という受容に繋がり、不満や軋轢が減少しました。
- 生産性の向上: 効率的な時間管理が推奨され、無駄な残業を削減しようという意識が組織全体で高まりました。目標設定と時間管理の連動により、限られた時間で最大の成果を出すための工夫が各チームで見られるようになりました。
- エンゲージメントの改善: 柔軟な働き方が認められ、自分の時間意識に合った働き方が可能になったことで、特に若手層のエンゲージメントが向上しました。ベテラン層も、効率化によって生まれる時間を新たなスキル習得や後進指導に充てるなど、ポジティブな変化が見られました。
- 有給休暇取得率の向上: 計画的な有給取得が推奨される文化が根付き、社員全体の有給休暇取得率が改善しました。これにより、リフレッシュによる生産性向上や、病欠の減少といった効果も確認されています。
この事例から得られる学びは、勤怠・時間管理に関する世代間ギャップは、単なる「ルールの遵守」や「時間の使い方」の問題ではなく、「働くことの意味」「組織への貢献」「個人の時間・人生」といった、より深い価値観の違いに根差しているということです。
そのため、単に規則を厳格化したり、一方的な価値観を押し付けたりするだけでは、ギャップは解消されません。重要なのは、まず互いの価値観の違いを認め、その背景にある考え方を理解するための「対話」の機会を設けることです。そして、その対話を通じて得られた共通理解に基づき、柔軟な働き方を可能にする制度や、目標達成を重視する評価基準、効率化を支援する環境整備など、多様な時間意識を持つメンバーがそれぞれのスタイルで貢献できるような「仕組み」を構築することが求められます。
まとめ
勤怠や時間管理に関する世代間ギャップは、多くの組織で見られる潜在的な課題です。この課題を解決するためには、表面的な行動の違いに注目するのではなく、その背景にある価値観の違いに目を向け、対話を通じて相互理解を深めることが出発点となります。
そして、その理解に基づき、柔軟な働き方を可能にする制度設計、成果を重視する評価体系、効率化を支援するツール導入、そして何よりも、多様な時間意識を肯定的に捉え、活かそうとする組織文化の醸成が不可欠です。人事企画部としては、このような多角的なアプローチを通じて、世代間の壁を乗り越え、すべての社員が時間に対する健全な意識を持ち、最大のパフォーマンスを発揮できる環境づくりを推進していくことが重要です。本事例が、皆様の組織における世代間ギャップ解消に向けた取り組みの一助となれば幸いです。