「会社へのロイヤリティ」意識ギャップ解消事例:多世代が共感する組織と個人のつながり方
はじめに:変化する「会社へのロイヤリティ」意識
現代の組織において、社員の「会社へのロイヤリティ」や「帰属意識」は、世代によって大きく異なると言われています。終身雇用や年功序列が一般的であった時代とは異なり、多様なキャリア観や働き方が広がる中で、社員が組織に対して抱く期待や、会社との関係性の捉え方は変化しています。
ベテラン世代には組織への貢献や安定を重視する傾向が見られる一方、若手世代では自己成長やキャリア自律、あるいは自身の価値観との一致をより強く求める傾向があるようです。このような世代間の意識ギャップは、エンゲージメントの低下、コミュニケーションの齟齬、最悪の場合には離職リスクの増加といった組織課題につながる可能性があります。
人事企画部門としては、こうした異なるロイヤリティ意識を理解し、多世代の社員がそれぞれの立場で納得感を持って組織と関わることができるような環境を整備することが求められています。本記事では、この「会社へのロイヤリティ」意識における世代間ギャップを解消し、組織と個人の新しい関係性を構築することに成功した企業事例をご紹介します。
事例の背景:エンゲージメント低下に見るロイヤリティギャップ
ある情報サービス企業A社では、数年前から従業員満足度調査やエンゲージメントサーベイの結果に、世代間の明確な差が見られるようになりました。特に若手社員の間で、「会社への貢献意欲」や「将来にわたってこの会社で働き続けたいか」といった項目で、ベテラン社員と比較して数値が低い傾向が見られたのです。
詳細なヒアリングや分析を行った結果、以下のような世代間ギャップが明らかになりました。
- キャリア観の違い: ベテラン層は会社内での昇進や勤続年数を重視する傾向が強い一方、若手層は業界内でのスキルアップや市場価値向上、あるいは自己実現をキャリアの中心に置く傾向が強く、会社という枠組みへのこだわりが比較的低い。
- 会社への期待の違い: ベテラン層は安定した雇用や福利厚生、組織内での人間関係を重視するが、若手層は成長機会、公正な評価、柔軟な働き方、自身の価値観(社会貢献など)との一致をより重視する。
- 情報共有と関与度の違い: 若手層は会社の戦略や意思決定プロセスに対する透明性を求め、自身が組織の一員としてどのように貢献できるか、あるいは組織がどのように社会に貢献しているかといった点に関心を寄せるが、それが十分に満たされていないと感じていた。
これらのギャップが、「会社へのロイヤリティ」として表面化し、エンゲージメントやモチベーションに影響を与えていることが示唆されました。
ギャップ解消に向けた具体的な施策
A社の人事企画部門は、この世代間ロイヤリティギャップを解消し、多世代が共感できる組織と個人のつながりを再構築するため、以下の施策を複合的に実施しました。
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「会社への期待・働く目的」に関する対話ワークショップの実施: 全社員を対象に、少人数の異世代混合グループによるワークショップを開催。「あなたがこの会社で働く目的は何か」「会社に何を期待するか」「会社に対してどのように貢献したいか」といったテーマで率直な意見交換を行いました。これにより、世代ごとの多様な価値観や期待を互いに理解する機会を創出しました。ワークショップの結果は全社にフィードバックされ、経営層もその内容を共有しました。
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多様なキャリアパスと成長機会の提示・拡充: 従来の「昇進」を主軸としたキャリアパスに加え、専門性を深める「専門職コース」や、社内で複数の部署を経験する「FA(フリーエージェント)制度」、さらに「社内副業制度」を導入しました。これにより、社員は会社の中で多様な働き方や成長の道を選択できるようになり、自身のキャリア自律を支援する会社の姿勢を示すことができました。また、外部研修受講費用の補助制度も拡充し、市場価値向上を目指す社員を支援しました。
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ビジョン・ミッションの「自分ごと化」促進: 一方的な企業理念の浸透研修ではなく、経営層や各部署のリーダーが、会社のビジョンや社会における意義を自身の言葉で語るセッションを定期的に開催しました。また、社員自身が会社の事業や社会貢献活動と自身の業務をどのように結びつけられるかを考えるワークショップを実施し、「なぜこの会社で働くのか」を個人レベルで再定義する機会を提供しました。
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評価・承認プロセスの多角化と透明化: 年功序列的な要素を排除し、成果だけでなくプロセスやバリューへの貢献度も評価に取り入れる多面評価制度を導入しました。また、四半期に一度の頻度で上司と部下によるキャリア・成長に関する1on1ミーティングを義務化し、個人の目標と会社の方向性をすり合わせる対話の機会を増やしました。これにより、自身の貢献が正当に評価されているという感覚や、会社が個人の成長に関心を持っているという安心感を醸成しました。
施策の結果と効果
これらの複合的な施策の結果、A社では以下の効果が見られました。
- エンゲージメントサーベイの改善: 特に若手社員の間で、「会社への貢献意欲」「会社への共感度」「将来のキャリアに対する期待」に関する項目で数値が向上しました。
- 多世代間の相互理解促進: ワークショップなどを通じて、互いの価値観や働く目的への理解が進み、職場内のコミュニケーションが活性化されました。
- 離職率の安定・低下傾向: 特に若手社員の入社3年以内の離職率に、明確な低下傾向が見られるようになりました。
- 社内チャレンジ制度への応募増加: 社内副業制度やFA制度への応募が増加し、社員が社内で新しい挑戦を求める文化が芽生え始めました。
これらの変化は、単に「会社へのロイヤリティを高める」という一方的な目標ではなく、組織と個人の双方が納得し、共に成長できるような新しい関係性を構築できたことによる成果と言えます。社員は会社に一方的に「尽くす」のではなく、会社を自己実現やキャリア形成のプラットフォームとして捉え、その上で会社に貢献していく、という意識へと変化していきました。
事例から得られる学び・示唆
A社の事例から、人事企画部マネージャーの皆様が自社のロイヤリティギャップ解消や組織活性化施策を検討される上で、以下の学びや示唆が得られます。
- ロイヤリティ意識の多様性を前提とする: 全員が画一的な「会社への強い帰属意識」を持つことを期待するのではなく、世代ごとの価値観やキャリア観の違いを認め、それらを包含できる柔軟な組織のあり方を模索することが第一歩です。
- 「対話」を通じた相互理解の促進: 異なる価値観を持つ社員同士、そして社員と会社(経営層、管理職)の間で、率直に期待や働く目的を共有する対話の場を持つことが不可欠です。これにより、互いの前提条件を理解し、無用な誤解を防ぐことができます。
- キャリア自律と成長支援の強化: 現代の社員は、会社に「育ててもらう」だけでなく、自身の市場価値を高めたい、多様な経験を積みたいという思いを強く持っています。会社がその「自己実現」を支援する姿勢を示すことが、結果として組織へのエンゲージメントにつながります。多様なキャリアパス、柔軟な働き方、学びの機会提供などが有効です。
- 会社の存在意義と個人の貢献の結びつけ: 社員が「なぜこの会社で働くのか」「会社が社会にどのような価値を提供しているのか」を「自分ごと」として捉えられるよう、ビジョン・ミッションの共有方法を工夫し、個人の業務が全体の中でどのような意味を持つのかを丁寧に伝えることが重要です。
- 人事施策の連動性: ロイヤリティやエンゲージメントは、特定の単一施策だけで向上するものではありません。育成、評価、報酬、コミュニケーション、働き方といった様々な人事施策が、一貫したメッセージを持って運用されることが効果を高めます。
まとめ
世代間で異なる「会社へのロイヤリティ」意識は、多くの企業が直面する課題です。しかし、この違いをネガティブなものとして捉えるのではなく、多様な価値観を持つ社員がそれぞれの形で組織とポジティブに関わるための機会と捉え直すことが重要です。
本事例で紹介したA社のように、対話を通じて相互理解を深め、社員の多様なキャリア観や価値観を尊重し、会社がその自己実現を支援する姿勢を示すことで、世代間のロイヤリティギャップは解消され、多世代が共感できる新しい組織と個人の関係性を構築することが可能となります。
自社の状況に合わせて、社員の「会社への期待」や「働く目的」について改めて耳を傾け、多様な価値観を受け入れられる組織文化の醸成と、それを支える人事施策の見直しを検討されてみてはいかがでしょうか。