会社の歴史・文化への関心ギャップ解消事例:組織のDNAを多世代で共有するアプローチ
はじめに:見過ごされがちな組織文化と歴史への関心ギャップ
企業の組織文化や歴史は、従業員にとって自身の仕事や組織の存在意義を理解する上で重要な要素です。しかし、これらへの関心や理解度には、世代間で差が生じやすい傾向が見られます。特に新しい世代の従業員は、会社の設立経緯や過去の成功・失敗体験を知る機会が少なく、組織の「当たり前」や「暗黙知」が共有されにくい状況があります。
このような世代間の関心ギャップは、組織への一体感の希薄化、理念や戦略の浸透阻害、あるいはベテラン社員とのコミュニケーションにおける認識のずれといった課題を引き起こす可能性があります。人事企画部門としては、組織の持続的な成長やエンゲージメント向上を目指す上で、この見過ごされがちなギャップへの対応が求められています。
本記事では、会社の歴史や文化への関心ギャップを解消し、組織のDNAを多世代で共有することに成功したある企業の事例をご紹介します。
事例企業の背景と直面していた課題
製造業X社は、創業から50年以上の歴史を持つ老舗企業です。近年、積極的に若手人材を採用し、組織の平均年齢は着実に若返っていました。しかし、活気あふれる一方で、ベテラン社員からは「最近の若い人は会社のことをよく知らない」「自分たちが苦労して築いた文化が理解されていない」といった声が聞かれるようになりました。
具体的には、
- 共通言語の不足: 過去の重要なプロジェクト名や社内での象徴的な出来事について、世代間で認識に大きなずれがあり、会話がスムーズに進まない。
- 理念・価値観の形式化: 企業理念や行動指針が形式的なものとして捉えられ、日々の業務判断や行動に十分に反映されていないと感じられる。
- 「なぜこれをするのか」の文脈理解の欠如: 現在の業務プロセスや方針の背景にある過去の意思決定や失敗体験が共有されておらず、新しい取り組みに対する納得感が低い。
- 組織への愛着・誇りの希薄化: 会社の強みや独自性が、単なる情報としてしか伝わっておらず、感情的なつながりや組織への誇りが醸成されにくい。
といった課題が顕在化していました。これらの課題は、世代間の相互理解を妨げ、組織全体のパフォーマンスにも影響を及ぼす可能性がありました。
講じられた具体的な施策・取り組み
X社の人事企画部門は、この状況を改善するため、以下の複合的な施策を立案・実行しました。
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「会社の歴史・文化」デジタルアーカイブ化と物語化:
- 従来の分厚い社史を、Webサイトや社内イントラネットでアクセスしやすいデジタルコンテンツに変換しました。
- 単なる事実の羅列ではなく、創業期のエピソード、技術開発の苦労話、困難を乗り越えたストーリーなどを、写真や動画、関係者のインタビュー映像を交えて「物語」として読ませる工夫をしました。
- 特に重要な出来事や人物については、短尺の動画やポッドキャスト形式でも視聴できるようにし、多様な世代のメディア利用習慣に対応しました。
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「語り部セッション」の導入:
- 創業メンバーや長年会社を支えてきたベテラン社員を「語り部」として招き、自身の経験や会社への思いを直接語ってもらうセッションを定期的に開催しました。
- オフライン形式に加えて、リモート環境の従業員も参加できるようオンライン形式も併用しました。
- 一方的な講演ではなく、質疑応答やフリートークの時間を設け、参加者(特に若手社員)が疑問に思ったことや感じたことを率直に語れる雰囲気作りを意識しました。
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部署横断「未来への系譜」プロジェクト:
- 異なる世代の社員で構成されたプロジェクトチームを複数組成し、会社の歴史における特定のテーマ(例: 品質へのこだわり、新規事業への挑戦、地域社会との関わりなど)について調査・分析する機会を設けました。
- 調査結果を経営層や全社員に向けて発表する場を設け、過去からの学びを現在、そして未来の組織運営にどう活かすかを議論する機会としました。
- このプロジェクトを通じて、社員は受動的に歴史を知るだけでなく、主体的に学び、多世代間の協力関係を築くことができました。
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研修プログラムへの組み込み:
- 新入社員研修において、企業理念や事業内容だけでなく、会社の歴史や文化を理解するための時間を大幅に増やしました。デジタルアーカイブを活用したワークショップ形式で実施しました。
- 管理職研修においても、自身のチームメンバーに組織の歴史や文化をどう伝えていくか、またそれが世代間コミュニケーションにどう影響するかを学ぶセッションを導入しました。
結果と得られた効果
これらの施策を実施した結果、X社では以下のような効果が見られました。
- 対話の増加と共通理解の深化: 「語り部セッション」や「未来への系譜プロジェクト」を通じて、世代を超えた社員間のコミュニケーションが増加しました。過去の出来事や組織の価値観が共通の話題となり、相互理解が深まりました。
- 組織文化・理念の浸透促進: デジタルアーカイブの活用や研修プログラムへの組み込みにより、企業理念や行動指針の背景にあるストーリーが共有され、従業員の腑に落ちる形で浸透が進みました。単なる標語ではなく、自分たちの組織のDNAとして捉えられるようになりました。
- エンゲージメントの向上: 会社の歴史を知り、組織がどのように困難を乗り越え、社会に貢献してきたかを理解することで、従業員の組織への愛着や誇りが高まりました。特に若手社員から「会社のファンになった」「ここで働く意味を強く感じた」といった声が多く聞かれました。
- 業務への納得感向上: 現在の業務プロセスや新しい施策の背景にある歴史的な文脈を理解することで、「なぜこれが必要なのか」という点が明確になり、業務への納得感と主体的な関与が高まりました。
事例から得られる学び・示唆
X社の事例は、組織の歴史や文化の共有が、単なる知識伝達ではなく、世代間ギャップを解消し、組織の一体感やエンゲージメントを高める上で非常に有効であることを示しています。この事例から、以下の点が学びとして挙げられます。
- 歴史を「物語」として語り継ぐ重要性: 事実だけでなく、当時の人々の思いや苦労、成功の喜びといった「物語」として伝えることで、世代を超えた共感を生み出しやすくなります。
- 多様なメディアと機会の提供: 全ての社員が同じ方法で学ぶわけではありません。デジタルコンテンツ、対面セッション、プロジェクト活動など、多様な形式で歴史や文化に触れる機会を提供することが効果的です。
- 双方向性と参加型の促進: 一方的な情報提供だけでなく、社員が歴史について質問し、意見交換し、あるいは自ら調査・発信するような双方向的・参加型の仕組みを設けることで、より主体的な学びと関与を促せます。
- 既存の仕組みとの連携: 入社時研修や管理職研修、あるいは部署横断プロジェクトといった既存の組織運営の仕組みの中に、歴史・文化を学ぶ要素を意図的に組み込むことが、定着と効果的な浸透につながります。
- 人事企画の役割: 人事企画部門は、単に制度を設計するだけでなく、組織文化や従業員の組織への帰属意識といった非公式な側面に光を当て、多世代が組織の過去・現在・未来を共有するための「場」や「仕組み」をデザインする重要な役割を担います。
まとめ
会社の歴史や組織文化への関心・理解における世代間ギャップは、組織の根幹に関わる重要な課題です。本記事でご紹介したX社の事例のように、組織の過去を「物語」として多世代に共有し、共に学び、対話する機会を意図的に設けることは、組織の一体感醸成、理念浸透、そして従業員エンゲージメント向上に大きく貢献します。
貴社においても、組織のDNAを世代を超えて紡いでいくための取り組みを検討される際に、本事例がその一助となれば幸いです。