「当たり前」業務慣行への世代間意識ギャップ解消事例:なぜやる?からの対話と見直しアプローチ
組織に潜む「当たり前」の業務慣行と世代間ギャップ
多くの組織には、長年の歴史の中で自然と形成された「当たり前」の業務慣行が存在します。これらは言語化されていない暗黙のルールや、特定のツール・プロセスへの固執として現れることがあります。長らく組織に属しているメンバーにとっては無意識の行動や当然の進め方であっても、異なる環境や価値観を持つ若い世代や中途入社者にとっては、疑問や非効率の原因となることがあります。このような「当たり前」に対する意識のギャップは、世代間の摩擦を生み、業務効率の低下やエンゲージメントの阻害要因となる可能性があります。人事企画部門としては、この見えにくいギャップに気づき、解消に向けたアプローチを検討することが重要です。
本記事では、「当たり前」と思われている業務慣行が引き起こした世代間ギャップを、対話と見直しによって解消した事例をご紹介します。
事例:製造業における書類回覧と押印慣行
ある中堅製造業A社では、書類の承認プロセスにおいて、紙媒体での回覧と部署をまたいでの多数の押印が「当たり前」として長年行われていました。この慣行は、当時の組織構造や責任体制に基づいたものでしたが、デジタル化が進み、業務スピードが求められる現代においては、非効率が顕著になっていました。
特に、若手社員や近年入社した中途社員からは、「なぜこの書類にこれだけ多くの押印が必要なのか」「デジタルで完結できないのか」「押印のためだけに出社するのは無駄ではないか」といった疑問の声が上がっていました。しかし、ベテラン社員からは「昔からこうやっている」「責任の所在を明確にするためには必要だ」といった反論があり、世代間で業務の進め方に対する不満やくすぶりが生じていました。一部では、この非効率な慣行が原因で、若手社員のモチベーション低下や離職にも繋がりかねない状況でした。
具体的な施策:対話の促進と慣行の見直しプロセス
A社の人事企画部はこの状況を把握し、世代間ギャップ解消と業務効率化を目的として、以下の施策を実施しました。
- 「なぜやる?」座談会の開催: 書類回覧・押印に限らず、組織内の「当たり前」と思われている業務慣行について、世代を超えて自由に疑問や提案を出し合う座談会を複数回開催しました。ファシリテーターを立て、心理的安全性を確保しながら、率直な意見交換を促しました。
- 慣行の「目的」と「現状」の言語化: 座談会で出た疑問点を整理し、関係部署のキーパーソンやベテラン社員へのヒアリングを実施しました。「なぜこの慣行が始まったのか」「この慣行によって何を守っているのか」といった目的を明確にしつつ、現状の非効率性や現場の負担について具体的なデータを集め、言語化しました。
- 見直し検討チームの発足: 人事企画部が主導し、各部署・各世代の代表者からなる慣行見直し検討チームを発足しました。チーム内で、言語化された慣行の目的と現状を踏まえ、「目的を達成するための別の手段はないか」「リスクを低減しつつ効率化する方法はないか」といった視点で議論を行いました。
- パイロット導入と効果検証: 検討チームで合意形成ができた一部の書類承認プロセスについて、デジタルワークフローシステムを試験的に導入しました。関係者への丁寧な説明と操作研修を行い、一定期間運用した後に、承認リードタイム、担当者の負担感、満足度などの効果を定量・定性両面から検証しました。
- 全社展開と継続的な対話: パイロット導入で効果が確認できた慣行見直しの成功事例を全社に共有し、デジタルワークフローの本格導入を進めました。また、「当たり前」を定期的に見直すための目安箱や、業務改善提案制度を再活性化するなど、継続的な対話と改善を促す仕組みを整備しました。
結果・効果:非効率の削減と世代間相互理解の促進
これらの施策の結果、A社では以下のような効果が見られました。
- 業務効率の向上: 書類承認にかかる時間が大幅に短縮され、担当者の物理的な負担が軽減されました。特に、リモートワーク環境下での業務がスムーズに進むようになりました。
- 世代間の相互理解促進: 「当たり前」の背景にある目的や歴史をベテラン社員が言語化し、若手社員が疑問を率直に投げかけるプロセスを経て、お互いの立場や考え方に対する理解が深まりました。「なぜやるのか」が明確になったことで、慣行の変化に対する納得感も高まりました。
- 心理的安全性の向上: 組織として「当たり前」を疑い、より良い方法を模索することを歓迎する姿勢を示したことで、社員が業務上の疑問や改善提案をしやすい雰囲気、すなわち心理的安全性が醸成されました。
- 変化への適応力向上: 一つの慣行の見直し成功体験が、他の業務プロセスや新しい技術導入に対する抵抗感を和らげ、組織全体の変化への適応力を高めるきっかけとなりました。
事例から得られる学びと示唆
この事例から、人事企画部マネージャー層が自社の課題解決や施策立案の参考とすべき学びがいくつか得られます。
- 「当たり前」に潜むギャップの認識: 世代間ギャップは、人間関係や価値観だけでなく、「当たり前」とされている日常業務の進め方にも潜んでいます。非効率や不満の根本原因として、これらの慣行を疑う視点が重要です。
- 「なぜやる?」を問う対話の機会創出: 慣行の背景にある目的を言語化し、異なる世代が「なぜやるのか?」を率直に問い、話し合える場を意図的に設けることが、相互理解と解決策探求の第一歩となります。
- 見直しプロセスへの多世代の巻き込み: 慣行の見直しは、特定の世代や部署だけでは進められません。関係する多様な立場・世代のメンバーを検討プロセスに巻き込み、共通認識の形成と合意形成を図ることが成功の鍵となります。
- 心理的安全性の醸成が基盤: 疑問や提案が歓迎される心理的に安全な環境があって初めて、社員は「当たり前」を疑い、声を上げることができます。人事としては、このような土壌づくりが不可欠です。
- 効率化だけでなく文化醸成の視点: 業務慣行の見直しは、単なる効率化だけでなく、組織の柔軟性、変化への適応力、そして世代間の協調といった組織文化の醸成に大きく貢献します。
まとめ
組織内の「当たり前」とされている業務慣行は、意識されないまま世代間の隠れたギャップとなり、非効率や摩擦の原因となることがあります。本事例は、この「当たり前」に対し「なぜやる?」という問いかけから対話を始め、多世代を巻き込んだ見直しプロセスを経て、ギャップを解消し組織を活性化させた成功事例です。
人事企画部門の皆様におかれましては、自社の「当たり前」となっている業務慣行の中に、無意識の世代間ギャップが潜んでいないか、改めて点検してみてはいかがでしょうか。対話を通じて共通理解を深め、変化を恐れずに慣行を見直していくことが、多様な人材が能力を発揮し、組織全体の生産性とエンゲージメントを高めることに繋がるはずです。